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2,000年11月5日(木)〜2,001年3月31日(土)

 

 3月31日(土)

 温泉 其の二十七

 旅行から戻って来て初めての休日に、お土産として買って来たお蕎麦を湯がいて主人と二人で昼食に食べました。主人は饂飩党ですのでお蕎麦を食べるのは滅多に無い事なのですが、「此の蕎麦、とても美味しい!」と言って沢山食べて居ました。土曜日の昼過ぎに二人で向かい合ってお蕎麦を食べたのは初めての事だと思います。蕎麦自体は、福知山駅前の定食屋で私が戴いた物の方がつるんとした感触で美味しかった様に思いましたが、此のお土産のお蕎麦も美味しかったです!流石に出石蕎麦だと思いました。其れに、土曜日の午後と言う一番リラックス出来る日に、二人で同じ物を分け合って食べられたのは、私にはとても新鮮で嬉しい一時でした。矢張り、同じ物を食べるって良い物だなとつくづく思いました。土曜日の昼食は何時もなら主人はラーメンを食べて居る事が多いのですが、今後は二人で蕎麦を食べたいなと思いました。

 3月30日(金)

 温泉 其の二十六

 駅の構内で帰りの電車を待って居る間、主人は売店でお土産としてお蕎麦を買って居ました。私は母の手製の御萩が未だ残って居た事を思い出し、此が食べ納めだと思って二個食べました。良く食べた二日間でした。私達より先に両親は宝塚で下車して行きました。両親と別れた途端に私は身体がドンと重く成り、未だ体調が十分では無い事を実感しました。朝は爽快さを感じて居たのですが、其れから沢山の量の食事を摂った事で、又少し悪く成ったのかも知れませんが、主人と二人に成った瞬間に此の旅の間中持たせて居た緊張感が溶けたのだろうと思いました。昔から、仕事が大変忙しく、緊張感を持って居る間は、案外風邪や過労とは無縁でした。「こんなに肉体を酷使して大丈夫かな。でも、今は絶対にダウン出来ない。」と思って居ると以外と身体は丈夫に働いてくれて居た物でした。又、ダンスをして居た頃、体調が最悪の時でも、ここぞと言う時(レッスン時や大会の時等)は、信じられない位に其の瞬間だけは身体の不調を感じず、普段よりもむしろ良い動きが出来て居た物です。衣装を着替え、シューズを履き替えてフロアーに立った瞬間、気合いが入り、其れまでの不調の感覚が消えて行った物でした。今成すべき事に集中して居る間は体調不良を忘れて居り、実際に身体も苦痛無く動いてくれます。此の様に心の持ち方が体調を作用するのは不思議な位です。お陰様で、無事に旅行を終えました。主人が普段と変わらず終始楽しそうにして居たのが印象的でした。時間が有ったので、二人で大阪で寄り道をして帰りました。旅の締めとして、無事に終えた安心感を抱いての道草は格別に楽しかったです。

 3月29日(木)

 温泉 其の二十五

 市内観光を終えて再び福知山の駅に戻って来た私達は、駅前の定食屋で昼食を摂りました。お昼を大きく過ぎて居ましたので、店内は殆ど我々の貸し切り状態でゆったりと寛ぐ事が出来ました。旅先では、私は大抵其の土地の名物と言われる物や郷土料理を戴く様にして居ます。其の地方一帯は、出石が近い所為か蕎麦が名物の様で、私は今回の旅行に出る前から美味しい蕎麦を戴ける事を楽しみにして居ました。宿泊先の前夜の夕食でも蕎麦が出されて、味覚が鈍かったなりにもつるんとした感触を美味しく感じましたので、機会が有れば是非もう一度食べてみたいと思って居た所です。其の定食屋は平凡で小さなお店でしたが、店内には自家製麺所が有ったので嬉しく成り、「きっと麺類が美味しいのだろうな。」と期待して私はざる蕎麦を注文し、主人と両親は定食を注文しました。出された蕎麦は程良く弾力が有って生きが良く、つるんとした喉越しは中中他では味わえない感触で、とても美味しかったです!美味しい手作りの蕎麦を戴けるお店は少ない物です。其のお店のお蕎麦はとても美味しいと思いました。食べる前に主人は、「ちゃんと良く噛んで食べや。」と言いましたが、私はツルツルッとあっと言う間に食べて仕舞いましたので、「噛まんかったやろ。」と怒られました。玄米以外だと私は余り咀嚼する方では有りませんが、特に麺類は良く噛んでも余り美味しく無いし、噛まずに食べて麺の感触を味わいたいな〜と思って居ます。私の咀嚼が甘いのは親譲りです。此の日も、主人と両親は同じ定食を食べて居ましたが、父や母がアッと言う間に食べ終えて仕舞ったので主人は、「なんでそんなに食べるのが早いんやろう。」と首を傾げて居ました。

 3月28日(水)

 温泉 其の二十四

 福知山駅に到着しましたが、未だ早い時間でしたので、四人で徒歩で市内観光をして回りました。福知山城、美術館、植物園と三時間程掛けてゆっくりと見て回りました。主人と二人だけなら車での旅行が殆どですので、此の様にじっくりと観光をしたのは新鮮でした。駅を中心として其其徒歩で三十、四十分程の距離を歩いて移動して回りました。寒かったですが、車で通り過ぎて居たのでは分からない町の様子を肌で感じる事が出来、此の様な観光も良い物だと思いました。両親は足早にしっかりと歩いて居ます。私にとっては見慣れた光景ですが、両親程の年齢に成れば歩きたがらない人も多い物です。三時間も歩けば音を上げる人も居るかも知れませんが、両親はむしろ私よりも先を歩き、「次ぎは○○へ行こう。」と私達を先導します。普段から、両親は毎日欠かさず歩いて居ます。運動と言うよりも散歩が目的の事が多いのですが、お天気が良ければ、家から数q離れた所に有る池や植物園等に定期的に夫婦で歩いて出掛け、池に居る鳥に餌を与えるのを日課として居ます。そして遠回りをして池の周りを巡ったり、田圃の畦道を通って道草を食って戻って来ます。昔から歩く事が好きで、実家に居た頃は私も良く「散歩に行こう。」と誘われた物でした。朝は朝食前の運動だと言い、又、夕食後は食後の運動だと言っては小一時間程掛けて歩いて居た物です。当時は、「其の程度だったら運動には成って居ない。」と子供だった私は思って居ましたが、長年の積み重ねは大変大きい物だと今に成って実感して居ます。確かに汗を流す程の運動では有りませんが、長年の習慣のお陰で、両親は今でも足腰が丈夫で姿勢も良い方です。健康を崩して行くのは怠惰な生活が其の切っ掛けで有る事が多く、怠惰な生活=運動不足と密接に関わって居ます。都会では労働=運動とは成らない事が多く、便利な生活に慣れて来ると尚更自らの意志で己を奮い立たせない限り益々運動とは疎遠に成って行きます。人間は動く生き物だから、動かなく成れば其れだけ肉体が終わりに近付いて行くのだろうと思います。両親が元気に歩いて居る姿を目の当たりにして、安心し、嬉しく成りました。其れは二人が長年身体を動かして来た賜では有りますが、今に成って其の努力に敬意を表し、又、今まで健康で居てくれた事に対して感謝の気持ちで一杯に成りました。身体を動かす事、そして其れを続ける事の大切さを実感しました。

 3月27日(火)

 温泉 其の二十三

 今でも私は大変な幸せ者だと思って居ます。主人は倹約家で無駄遣いをしませんし、毎日仕事が終われば、我が家で寛ぐ事を楽しみに真っ直ぐに帰宅します。家庭を大切にし、唯一の楽しみは、好きな車を走らせて家族と一緒に山奥の温泉に行く事位です。主人のお陰で私は毎日健康で楽しく暮らして居られます。主人は、「もっとお給料が多ければ良いのに。」と言いますが、私は今の暮らしで十分に贅沢をさせて貰って居ると思って居ます。物に溢れた贅沢と言う意味では有りません。毎日、自分の意のままに美味しい食事を作れる自由を与えられ、其れを戴けると言う贅沢な暮らしを続けて居られるのは主人のお陰です。自分が病気に罹らないだろうかと心配をする必要も無く、今の環境の下で生を受けた私の役割とは何か、人としてどう生きるべきかを常に考え、時には道草を食いながらも真実の道を追求して行ける事の喜びを感じて居られます。本当の健康を求めて心と身体の浄化を続け、やがて見えて来るであろう答えと自分の証を夢見て日々過して行けるのは大変幸せです。全ては自分の責任だと解ってからは、少なくとも自分の病気の心配、其れに伴う保健の心配、将来の心配から解放されました。不安定な世の中ですから、主人は「仕事が無く成ったら・・・・・・。」と将来の事を思い巡らして居る様ですが、其の時こそ山奥で暮らしてみたいと私は密かに思って居ます。主人が将来の事をあれこれと考えて居るのに、私は不謹慎な妻かも知れません。でも、私には仕事が無く成る事よりも、大自然が消えつつ有る事の方が恐ろしく思えます。豊かな土壌、美しい山河と愛する家族さえ残ってくれて居たら、其れ以上に望む物は有りません。

 3月26日(月)

 温泉 其の二十二

 其の運転手さんは、「ただ、病院が無いので、病気に成った時に困る。」と仰って居られましたが、私は病院を特に必要な物だとは考えて居ませんので、其の点に関しても不便性を感じないと思います。子供の頃から田舎暮らしに憧れて居ましたが、昔は私も「病気に成ったらどうしよう。」と思って居ました。しかし、病気に成ったり怪我をしたとしても、昔の忍者が行って居た様に、大自然の中に有る物を薬として活用出来る筈だとずっと信じて居ましたので、其れ等の知識さえ有れば自己治療は可能な筈だと思って居ました。其の事は、私の生活の中で今では既に現実と成って居ます。体調不良の時は、薬草茶や台所に有る身近な食物を体調に合わせて薬として飲食したり、手当て用品として活用をして回復を図るのが常と成って居ますので、むしろ病院へ行ったり薬を飲んだりする事の方が不自然に思えます。病気とは、些細な欲から食事を含む生活の三原則が乱れた結果、不自然な生活を送り、心も身体も自然では無く成った時に肉体に現れる症状で有り、対処療法を行うと共に、自己の内面を見つめて心と(食)生活の乱れを修正させて全身の調整を行えば自然に消滅する物だと解ってからは、私の中では恐れる対象では無く成りました。自然の秩序を乱し、其の結果、自然と同調した存在で有る筈の己の生体律動を崩して病んで行く。自分で引き寄せた結果だと気付いて居無いから、自分の手で元に戻そうとは試みない。人間も動物も植物も大自然の一部だから、自然な状態ならば、本来は元気な存在で居られる筈です。其れが生きとし生ける存在全てをお造りに成った神の愛とお慈悲の賜で有り、病気とは、神の意に反して大宇宙の秩序から外れた結果の自己崩壊其の物に思えます。もしも大自然に囲まれた山奥に病院が増えて行くのなら、とても寂しく思います。

 3月25日(日)

 温泉 其の二十一

 私の住む奈良県は、其の面積の八割近くが山林地帯で有り、特に中南部へ行くと、殆どが千メートルを超える山脈に覆われて居ます。私は現在町中に住んで居ますが、我が家の近くにも自分達の畑を持ち、野菜を育てて其れを戴くと言う生活をして居られる方は沢山居ますし、少し車を走らせれば山の中へ入り、昔ながらの自給自足の生活をして居る所が殆どです。各家の前には薪が積まれて居ますので、其れで炊事をしたりお風呂を沸かしたりして居るのだろうと思います。其れ等のお宅の煙突から煙りが上って居る光景を見る度に何時も憧れて仕舞います。「何時か、あんな暮らしがしたい。」と言うと、周りからは「こんな山奥では買い物をするのに不便だ。」とよく言われますが、自分達の土地で育てた米や野菜を日々戴いて居れば他に敢えて買い物の必要は無いと思います。家族が食べるだけの収穫が有れば十分です。日の出と共に起き、昼間は畑仕事で汗を流し、自分達で育てた野菜を日々の食事で頂戴し、日が落ちると家族で沢山の事を何時までも語り合いたい。テレビに頼らず団欒で時を過ごし、澄んだ空気と静寂の中で自然が奏でる音に囲まれ、大自然の脈動を感じ、自分も大自然の中の一部だと何時も感じて居たい。地に足を着けた生活の中で木や植物と語り合えば、自分は大宇宙の中のほんの一握りの存在に過ぎ無いけど、掛け替えの無い命で有り、生かされて居る事の意味、家族や地域の人達との絆を今以上に感じられるかも知れません。

 3月24日(土)

 温泉 其の二十

 朝食を終えて宿を出ると、前夜に降った雪で辺り一面銀世界でした。駅まで送迎してくれた運転手さんは話し好きの方で、其の地方での日々の生活の事を駅に到着する迄の間に色々と語ってくれました。其処は山に囲まれて居る事も有り、毎年雪は積もりますが、今年は特に多いそうです。住んで居る方達は、米、野菜を自分達で作って居り、食料品を買う事は殆ど無いし、皆、山を持って居るので、昔は箪笥や家具類も自分達の山の木を切って作って居たそうですが、残念ながら最近では若い人達は町へ出て仕舞い、段々人口も減って居るとの事です。其の運転手さんの御子息も大阪へ出て住んで居られるので、偶にお家へ遊びに行かれる事も有るそうですが、「都会は人も車も多く、騒音だらけで落ち着かない。遊びに行ってもさっさと切り上げて此処に帰って来ると落ち着く。都会の人には不便に思えるかも知れないけど、我々は子供の頃から此処に住んで居るので田舎暮らしには慣れて居り、とても住み易く、余所の土地で暮らしたいとは思わない。」と仰って居られました。私の両親も九州の山奥の農家の出身で、運転手さんの言われる事が良く理解出来る様でした。ただ、私の両親は、関西に移り住んでから町中での生活の方が今では長く成って居ますので、敢えて昔の様な生活をしたいとは考えて居ない様です。私は都会育ちですし、畑仕事も経験は有りませんが、其の様な自給自足は究極に贅沢な暮らしに思え、子供の頃から大変憧れて居ました。実際に身体を動かして作物を育てる苦労を体験した事が無いので、私の考えは甘いのかも知れません。両親や主人は運転手さんのお話を「田舎暮らしは大変だ。」と思いながら聴いて居ましたが、私は益々現実に其の様な暮らしがしたく成りました。

 3月23日(金)

 温泉 其の十九

 普段、私達は同じテーブルで向かい合って其其別の食事をして居ますが、主人は自分の食べて居る物を、「美味しいで。ちょっとだけ食べてみ。」と言って屡々私に一口程の量を皿に盛ってくれます。炒飯、スープ、たこ焼き、お好み焼き、インスタントラーメン、レトルトのカレー、パン、宅配のピザ、お菓子やケーキ等。私は其れ等を戴く時も有りますが、断る事も有ります。私の食べて居る物は、多分主人は好きでは無いだろうと思って居ますので、私の方から主人に一口あげると言う事はして居ません。でも、主人は余りにも頻繁にそうしてくれるので、主人と私では好みの味や食生活に対する考え方が違って居る事を忘れて居るのかなと何時も不思議に思うのですが、実は其の心遣いはとても嬉しいです!たこ焼きやお好み焼きはマヨネーズを拭き取った物を、ピザはチーズが掛かって居無い部分、ケーキはクリームが乗って居無い所をくれます。其の様な行為は、美味しい物(自分が美味しく感じた物)を純粋に私と分け合いたいと言う素直な心の表れだと受け止めて居ます。主人が皿に取り分けてくれる姿は、父が子供の頃の私にそうしてくれて居た姿と重なって見え、そんな時は喜んで其の厚意を頂戴します。実際に受け取った物を食べてみると、美味しく思う場合も有りますし、「味が強いな。」と感じる事も有りますが、味其の物よりも、主人と心のキャッチボールが出来る事がとても嬉しいです。今度、私の方からも同じ行為をしてみようかしらと思って居ます。其其別の物を食べて居ても、幸せだなと感じる瞬間です。

 3月22日(木)

 温泉 其の十八

 主人の帰宅時間は特に遅くは有りませんが、早くも有りません。出来るだけ二人で一緒に食事をする時間を持ちたいと思って居ますので、特別に遅く成らない限りは私は主人の帰りを待って居ます。だから、我が家の夕食は世間的には遅い方です。主人は、遅く帰宅して一人で夕食を食べる時には、食事に関しての我が儘を言わず、全てを私に任せてくれます。普段なら残しがちな苦手な野菜も、此の時は身体を気遣ってか、文句を言わずに比較的食べてくれますし、有り難く思ってくれて居るのが解ります。遅い時間に調理をして貰う事を申し訳なく感じてくれて居り、自分が疲れて居る事よりも私への気遣いをしてくれます。遅い時間に一人で其の様な想いで食べて居る姿を見て居ると、私の方が切なく成り、昔、母がしてくれた様に、私はお茶を入れ、テーブルに向かい合って座り、其の日の出来事を語り合います。其の様にする事で私の気持ちが随分楽に成り、主人の心も和んで来るのが解ります。私達が対面した一定の時間を持てるのは、食事の時だけです。忙しい世の中で贅沢な願いかも知れませんが、一日の終わりにお互いに向き合って労り合う事は私達にとっては大切な一時なのです。

 3月21日(水)

 温泉 其の十七

 独身の頃から、私は家族と夕食を一緒に食べる機会は少なかった様に思います。多くの方が同じ体験をされて居るかと思いますが、学生時代は倶楽部活動、社会人に成ってからは仕事の為に帰宅時間が殆ど毎日遅く、家族は先に夕食を終えて居り、私は残り物を温めたり、自分で適当に調理をして、両親や妹が別の部屋で団欒をして居る中、遅い時間に台所で一人で夕食を摂って居ました。そんな時、母が台所までお茶を飲みにやって来て、同じテーブルに向かい合わせに座ってくれて色々話しをした物です。一人での食事には慣れて居るつもりでも、同じ食卓に誰かが居てくれるとホッと安らいだ気持ちに成りました。母はもう寝ようとして居る時で、既にパジャマ姿の事が多かったのですが、母の心遣いが嬉しくて、私は食事をし、母はお茶を飲みながらの世間話は私の心を随分和ませてくれました。今思えば、母自身も家族が揃わない夕食を寂しく感じて居たのだろうと思います。

 3月19日(月)

 温泉 其の十六

 私達二人はお互いに違う物を食べるのが当たり前に成って居ますが、本当は同じ料理を家族全員で分け合って食べる方がより一体感を感じられるのだろうと思います。我が家では二人の食事時間がずれる事も有り、二人揃って食卓を共にする機会も頻繁には有りません。主人と一緒の食卓は夕食だけですが、先に主人の食事を作り冷め無い内に食べて貰います。主人が食事をして居る間に自分の分の用意をして居ると私が席に着く頃には主人は食べ終わってテーブルを離れて居る事も有ります。外食をするとリラックス出来るのは始めから終わりまでゆっくりと二人で向き合って過ごす時間を持てるからかも知れません。此の日の朝食はバイキングだったので取って来たお料理は違う物でしたが、前夜は私達は同じ料理を食べました。私達にとって同じテーブルで同じお料理を戴く機会を持てるのはこんな時位なのかも知れません。

 3月18日(日)

 温泉 其の十五

 前夜の食事は畳の部屋でしたが、朝食はガラス張りの食堂で戴きました。朝日が差し込む中、前日とは打って変わって心地良い気分で両親や主人と共に楽しく朝食を戴く事が出来、ホッとしました。朝食はバイキングでした。私は白御飯、味噌汁、小松菜の胡麻和え、大根卸、梅干し、生サラダ、海藻の酢の物、干し魚等を戴き、主人は卵焼き、ハム等の洋風の御数を沢山摂って居ました。「朝から沢山食べるねえ。」と両親はびっくりして居ました。私は病み上がりです。本当は食べるどころか未だ未だ用心してごく小食で居た方が良い筈です。主人と二人だけならば私は無茶な食べ方はしないのですが、両親の前だとつい沢山食べる所を見せて仕舞います。痩せて居ても決して虚弱では無く、大食するのは内臓を疲労させるのでむしろ不健康の元なのですが、両親は私の細い身体を何時も心配して居り、沢山食べると安心をするので今は仕方が無いと思って居ます。私は野菜を主に皿に盛り、主人は卵やハム等動物性食品を取って来ましたので、母は「あんたら二人を足して二で割ったら丁度良いのにね。」と言いました。

 3月17日(土)

 温泉 其の十四

 ぐっすりと熟睡して、朝だろうと思って目が覚めると三時間程しか経って居らず未だ真夜中でした。浴衣がぐっしょりと濡れて冷たく成る位に汗を繋いて居り、頭がすっきりとして居ました。良く成りそうだと安心して再び眠りました。夜明けと同時に起き、汗を沢山繋いて気持ちが悪かったので再び温泉に入りに行きました。熱は下がって居り身体は重い荷物を下ろした様に大変軽く成って居ました。未だ薄暗い朝の空気は冷たくて肌を刺す様でしたが、透明で澄んで居りとても美味しい空気でした。山に囲まれた絶景の露天の温泉は大変心地良かったです!早朝なので殆ど貸し切り状態で、私は露天とサウナを往復して十分に呼吸法を行う事が出来、再び汗を流してお風呂上がりは更に身体が軽く成りました。疲れは無く、芯熱が取れ身体の中心がしっかりとして生まれ変わった様にすっきりとした気分でした。発熱したのは一気でしたが、十分に熱を出し切り、こんなに短時間で解熱したのはビームライトカラーチップと聖天仁御札のお陰だと思い感謝して居ます。本当に心地良い朝を迎える事が出来ました。後で聞いた話ですが、主人は私が高熱を出して居た事に気付いて居たそうです。出来るだけ気付かれない様に振る舞って居ましたし、自己治療を行って居る所も見られませんでしたが、主人には全部解って居たそうです。何時もの事ですが、敢えて気遣いの言葉を掛けない優しさと強さには感謝して居ます。多分、回復する事を信じてくれて居たからで有り、其れは普段の正食の威力やビームライト治療の効力を信じて居るからだと思います。

 3月16日(金)

 温泉 其の十三

 熱が高い時に熱いお風呂に入って良い物かどうか迷いましたが、なんとかして汗を出して熱を下げたいと思い温泉に入りました。湯船に浸かった時は心地良く感じたのでなんとか成りそうだと思いました。私は湯船の中とサウナを往復して其其で呼吸法を行い、汗を出す様にしました。温泉は露天だった為、冷たくて心地良い夜の空気に触れながら逆上せる事が無く十分に呼吸法を行う事が出来ました。サウナでも汗を出させる事が出来て良かったです。お風呂から上がるとさっぱりとしましたが疲労感が有りました。身体の表面の熱は下がって居ましたが、深部に未だ可成り熱がこもって居り、お風呂に入った事が吉に成るか凶に成るか此の時点では判りませんでした。体力を消耗したので明日は又悪く成るのかなと心配をしながらも疲れて早く寝たい状態でした。寝る前にビームライトカラーチップをだんちゅう、肝臓、腎臓、両手両足の内関・公孫、外関・臨泣、列欠・照海、両足の湧泉に其其色合わせをして貼って行き、ハンドトリートメントにて一条の光を成立させました。疲労感がスーっと取れて此から寝ようとして居るのに身体の中心がシャンとして来ました。身体の具合が悪い時は自己治療をするのも億劫に成る物です。手当てを行うよりも、ただただ横に成りたいと思いがちですが、気力を出して行うと必ず後が楽に成ります。奇経治療は速効で楽に成り、ビームライトカラーチップを併用させると身体を修復させる状態を維持出来ますので、簡単で効果的な治療法で大変有り難いです。温泉から戻って来て、ビームライトカラーチップを貼り、聖天仁御札を身に付けてビームライトコンパスを配置した中で私は直ぐに蒲団を被って寝ました。

 3月15日(木)

 温泉 其の十二

 両親には電車の中で、「風邪を引いて居るけど、熱は無いし、もう治りかけだから。」と言って有りました。私は子供の頃から風邪を引いたり、体調不良の時は全く食欲が無く成り、特に発熱時に何か食べると戻して仕舞い何時も寝込んで居りました。具合が悪い時は身体を防衛する為に必然的に小食又は絶食に成るのでしょうから、昔の私の方が本能に従って居たのかも知れませんが、此の様に寝込まずに動き回って用事が出来る程の体力を持てる様に成ったのは最近の事で、此も正食とビームライトバーコードのお陰だと思い感謝して居ます。今回も私はお腹は全く空いて居ませんでしたので、多分我が家に居たならば、早く回復させる為に食事を摂ら無かった事だと思います。両親は食欲旺盛な私を見て発熱して居るとは思わなかった事でしょう。此で良かったと思います。夕食を終えて部屋に戻る廊下を歩いていると、地に足が付かず空中を漂って居る様なフワフワした感覚で、身体が大変熱く成って来て居ました。頭がボーっとして居る為か目に入る映像も歪んで見えます。私は風邪で発熱すると三十八度の半ば位に達する事が多く、今回は其れと同程度か若しくはもう少し上がって居そうな感覚でした。

 3月14日(水)

 温泉 其の十一

 目的地に近付くに連れて段々頭がボーっとして熱っぽく成り、宿に着いた頃には身体が空中を漂って居る感覚でフラフラして居ました。熱が上がって来て居る様でした。他の皆が温泉に入って居る間に私は一人で部屋に残り、胎児運動、犬歩きをして暫くの間寝て居ました。そして胸と肝臓に灰色のビームライトカラーチップを貼った所、逆上せて居た顔から上気が引きスーッとして楽に成りました。カラーチップは奇経や反射区に貼ると速効で楽に成ります。持って来て良かったです!皆が帰って来ると、別の部屋へ夕食を食べに行きました。其処は広間に私達だけで食事を戴くと言う静かで贅沢な雰囲気に皆とても満足して居ました。お料理も山の幸、海の幸が盛り沢山で私達が普段全く口にしない様なお料理が並び大変なご馳走でした。八寸、お作り各種、河豚のフライや魚と野菜の天麩羅各種、蛸と蒟蒻と海藻のぬた、牡蠣の味噌鍋、牛肉のたたき、茶碗蒸し、炊き込み御飯、漬け物、お吸物と量的にも可成り沢山有りました。お料理はとても丁寧に作られて居り綺麗に盛り付けられて居て大変美味しそうでした。此等のご馳走をこんなにも沢山食べると又具合が悪く成るだろうなと思いましたが、目の前に並んで居る以上「食べなきゃ・・・。」と思い、義務感でどんどん食べて行きました。元気な時に戴いて居たら多分大変美味しく思えるお料理だろうと思いますが、残念ながら風邪の為か味覚が鈍く成って居り味は殆ど解りませんでした。両親や主人も「多過ぎる。食べきれない。」と言って残して居た位の大量なご馳走でした。私は牛肉と茶碗蒸しとお吸物以外は全部食べ、更に主人の残した魚や野菜類を貰って食べました。主人は魚が嫌いなので、此の様な会席料理は苦手なのです。私はお腹が空いて居た訳では有りませんでしたが、ボーッとした頭で何も考えずに結局みんなと同程度又は其れ以上に食べて仕舞いました。

 3月13日(火)

 温泉 其の十

 私は嚔と鼻水が酷く、お腹も全く空いて居ませんでした。体調が悪い時は絶食に近い方が自然治癒力が高まります。此の御萩を食べたら具合が更に悪く成るかも知れません。未だ旅は始まったばかりです。酷く成るのを少しでも先延ばしにしたい。でも、私との約束を思い出して私の為に作って来てくれた御萩を目の前に差し出されると食べない訳には行きませんし、食べないと具合が悪いと思われて心配を掛けて仕舞います。「え〜い、なんとか成る!」と思って食べました。ほのかに甘く何時もの母の味がしてとても美味しかったです!大きな御萩なので一個で止めておこうと思って居ましたが、美味しくて結局二個食べました。

 3月12日(月)

 温泉 其の九

 電車は13:33に宝塚で停車し、両親が乗車して来て私達と向かい合わせの座席に座りました。旅行やハイキングの時は何時も母は私達の分のお弁当も作って来てくれるので、私は其れに甘えて何も作らずに出掛けます。時にはお寿司だったり、又は、荷物に成らない様に御握りだけとか簡素な事が多いのですが、旅先で食べる母の手製のお弁当はとても美味しい!勿論其れは慣れ親しんだ味で有り母が普段作る料理はどれも好きですが、外で食べるとお金で買えない位に格別に美味しい!!私が学生の時から毎日母はお弁当を作ってくれて居ました。普段は当たり前の様に何気なく食べて居ましたが、母のお弁当を携帯して居ると何かしらホッとした物です。特に辛い時や悲しい事が有った時、お昼にお弁当箱を開けるとどんなに辛くても母だけは応援してくれて居る様な気がして孤独感が癒された物です。今、主人も同じ事を言って居ます。職場で嫌な事が有った時、しんどい時にお弁当箱を開けると私の顔が思い浮かび声が聞こえるそうです。お弁当は其の人の為だけに作られる世界でたった一つの物だから特に想いがこもるのだと思います。母は小豆の御萩を作って来てくれて居ました。昨年のお彼岸の時、父との電話中に急に母の御萩が食べたく成った事を父に言った所、「今度作ってあげる。」と約束して居たのを覚えてくれて居て、今回前日に餅米と小豆餡を炊いて作って来てくれたのでした。

 3月11日(日)

 温泉 其の八

 主人は、電車に乗ると直ぐに駅弁を食べ始めました。俵型に成形した白米、牛肉の炒め物、卵焼き、豆入りサラダ、御浸し等が詰められて居ました。乾涸らびた御飯、固そうな牛肉、卵焼きも艶が無く、横で見て居た所、盛り付けられた其其の品からは生気が感じられませんでした。私は豆入りのサラダを少し貰いましたが、潰れた豆は甘味が強くマカロニサラダはコンソメの味だけを感じました。主人も噛み切れない程固い牛肉を始め全体に美味しく感じなかった様です。裏に製造時間が書かれたシールが貼って有りましたが、其れを見ると私達が購入する一時間前に製造された事に成って居ましたが、どう考えても彼の様な乾涸らび方は一時間前に出来上がった物とは思えず、工場での製造ラインの絡繰が有る様でした。作り手の心が感じられないだけでは無く、私には無造作に作られた様に見え、此の様な物がお腹を満たす為だけに販売されて居るなんて寂しく思いました。主人は駅弁に対して期待感を持って居ただけにがっかりとして居り可哀相でした。食事は出来たてを温かい内に戴くのが最高に美味しいですが、お弁当だと特に御握り等は冷めても美味しく感じますし、又、そう思って貰える様に毎日私は作って居ます。もし、「美味しくな〜れ。」と言う気持ちで作って居たら、一寸気を付けて居たら彼の様に乾涸らびる事は無いと思います。普段食べて居る私の手製のお弁当の方が美味しく感じると主人が言ってくれたのでホッとしました。

 3月10日(土)

 温泉 其の七

 生活のリズムが良くなかったのか、其れとも主人から貰ったのか今度は私が風邪を引いて仕舞いました。喉が痛くて身体が怠い。翌日には鼻水も出てきました。此の日は主人や私の両親と共に一泊で温泉旅行に出掛ける事に成って居ました。我が家に居れば台所の物で手当てが出来ますし体調に合わせた食事を作る事も可能ですが、旅先ではご馳走も戴くので心配です。私はビームライトカラーチップと聖天仁御札を持って行きました。私達は大阪駅から13:09発の特急電車に乗り、両親は宝塚から同じ電車に乗って兵庫県の奥へ向かう事に成って居ました。主人は大阪駅構内で駅弁を買って乗車しました。主人は駅弁とは美味しい物だと言う思い込みが有り、出掛ける前から「駅弁を食べるぞ。」と、とても楽しみにして居ました。旅の途中で戴くお弁当は楽しさも有ってより美味しく感じさせてくれますし、実際に郷土の特産品を盛り込み大変工夫を凝らした美味しい物も沢山有ると思いますが、大阪駅で郷土料理を彷彿させてくれる様な美味しいお弁当が見つかるかしら?大阪の名物は箱鮨。でも主人はお寿司は好きでは有りませんし、主人が買ったのはごく普通のありふれた幕の内弁当でした。

 3月9日(金)

 温泉 其の六

 主人は毎日帰るコールをしてくれますが、其の日主人が帰宅途中で電話を掛けて来た時、私が丁度買い物に出て居て不在だった為に主人の機嫌が悪かった様です。昼間に済ませて置けば良いのですが、他の事をして居る内に夕方に成って仕舞い、此の所何時も暗く成ってから出掛けるので、丁度主人が電話をくれる時に私が不在の日が続いて居ました。もし私が逆の立場なら、電話が有ると予想出来る時間に相手が敢えて不在だったらがっかりすると思いますので、折角電話をくれるのに申し訳無かったなと思います。主人が利用して居る電車は本数が少ないので混み合いますし、乗り遅れると次の電車まで三十分間待たなければ成らないので公衆電話に並ぶ時間も惜しいと思うのですが、毎日電話で「○分の電車に乗って帰る。」と言ってくれるので私はとても助かります。電話の向こうからは仕事が終わった安堵感が伺えますし、「今夜の御数は何?」と屡々聞かれますので、食事を楽しみに早く帰宅したがって居る様子も伝わって来ます。此の時に、「○○が食べたい。」とリクエストされれば予定を変更して作る事も有ります。其の日、もし私が家に居て主人からの電話を受けて居たら、途中で饂飩を食べて帰る事を聞く事が出来、喧嘩には成らなかった筈です。普段からもっと私が時間を有効に使って居れば問題は生じないのですが、自分の生活の乱れが喧嘩の原因を作って仕舞ったのだと反省しました。

 3月3日(土)

 温泉 其の五

 私は自分が実践して居る正食の事を周りの人達に必要以上に話して居ませんし、食養に因る手当て法、ビームライト治療、神霊治療等は身内にも殆ど話して居ません。何を信じるかと言う違いも有りますし、身体の不調を自分の責任だと認識し、自分の力で治そうとするか、其れとも人(医者)に治して貰うべきだとする考えの違いも有りますので、多くの人達に自力本願の意識に目覚めて欲しいと願っては居ますが、家族を含めて此の道を誰かに勧めたりと言う事は行って居ません。不調な時は、本人と家族とが力を合わせて回復に向けて努力をするのが理想です。主人にも治りたいと言う気持ちが有り、私も出来るだけの手当てをしたいと強く思って居ますが、食事を気にせず薬に頼って居る姿を見て居ると私は歯痒い気持ちで一杯に成ります。動向を見守りながらも、主人が希望して居無い以上、私が出来る手当ては殆どが主人の身体に触れず、本人に気付かれ無いビームライト治療や神霊治療に限られます。でも、治って欲しい、力に成りたいと私が強く思って居れば、料理と同じで必ず心は通じる筈。今までは諦め過ぎて居たのかも知れ無いと思いました。たとえ主人が希望しない以上、出来る手当てが限られて居ても構わない。治してあげたいと思うのなら其の気持ちだけは解って貰える様にしよう。要は私の心次第だと気付きました。今までの様に心を持て余し、不完全燃焼させて居るのは本望では有りません。主人は特異と思える治療法を望まないかも知れませんが、心を一つにしたいとは思って居る筈です。私が心を合わせる事で、もしかしたら此迄以上の物が生まれるかも知れません。手当ての基本は治って欲しいと願う心だから、たとえ治療に対する意識が違っても、相手を想う気持ちだけは持ち続けて行こうと、とてもシンプルだけど大切な事に気付きました。

 3月1日(木)

 温泉 其の四

 主人の初期の風邪が良く成ったと思って居たのですが、職場から「しんどい。」と言って帰宅したので少しショックでした。良く成ったと思って一太郎でデータの更新を止めたので、暫く様子を見て検索をきちんとするべきだし更新も続けて行かないといけないなと反省しました。でも、今回は主人の気の持ち方も作用して居るのかも知れないと思いました。風邪の症状を訴えたのは休日だったので、諸手当をした上、家でのんびりとして過ごせたのも良かったのだと思います。もしかしたら、翌日仕事場で一寸したストレスが完全に回復して居無かった身体を再び不調に導いたのかも知れないと思いました。体調が悪い時は其の悪さに意識の焦点を合わせる余りに更に悪く成るのでは無いかと言う恐怖感、絶望感が治りたいと希望する気持ちを上回ってどうするべきかの判断が出来ない事が多々有ります。主人を見て居ても、「こんな時はどうせ何をやっても駄目。」と言う諦めモードに浸って自分の殻に閉じこもって仕舞って居るのを強く感じます。其の様な否定的な心が回復する速度を遅らせ、陰鬱な気持ちが更に身体を陰な状態に止まらせて居ると思えるので歯痒い気持ちで一杯です。未来(の元気に回復して居る姿)に心を向ける事で細胞が活性化され、行動を起こす事で現実化(回復)が加速されますので、なんとか希望を持って治そうと積極的な気持ちに成って欲しいと思います。墜ちて行く気持ちを切り替えるにはほんの一寸した気付きで有り、自力で心の方向転換をさせると得る物は大きいと思いますが、他者の愛情に触れた時、頑なだった心が溶かされてどれ程心強く元気が湧いて来る事でしょう。もう少し親身に成り心身の痛みを解ってあげるべきだったと此の点に置いても反省させられ、私の役割は重要だと強く思いました。

 2月28日(水)

 温泉 其の三

 主人はお鍋に入った肉団子がお気に入りの様で、とても美味しいと言って喜んで食べて居ました。出し汁を吸って食べ易かったのか野菜も沢山入れましたが殆ど全部食べてくれました。前日の件について話しをしたのは食事の後ですので、私が無理に美味しいと言わせた訳では無く、本当にお鍋が気に入ったみたいです。此はテレビの料理番組で作られて居て、試食をした人達がみんな一斉に顔をほころばせて美味しいと賞賛して居たので、「そんなに美味しいのなら主人用に作ってみよう。」と思ってレシピを保存して居た物です。私は、調味料、食材の分量をレシピ通りに作ったので実は此の日は全く味見をして居らず、幸い主人も気に入ってくれたのなら一体どんな味だろうと思って其処で初めて主人から一口貰って出し汁の味見をした所、辛くて辛くて・・・・・・。即席の化学調味料を使用したので、其の味が際立って感じられました。もし、味見をして作って居たら此の様な味には仕上げなかったかも知れません。其処が何時も作って居る時に迷う点で有り、最終的に主人には物足りない料理に仕上がって仕舞う所以です。料理本のレシピ通りに化学調味料を入れて作ると、辛いだけでは無く私には味が判らなく成って仕舞います。でも、世間の多くの人達も此の様な味を好むのだと言うのなら、今後もテレビや本等で推薦されて入る料理を其のレシピ通りに作って行くのが無難なのかも知れません。

 2月27日(火)

 温泉 其の二

 「そんなもんいらん。」と言う発言は大変失礼だと私は主張しました。前日は特に、此だったら主人も美味しいと言ってくれるだろうなと思うレシピを見つけて来てワクワクしながら初めて作ったお料理です。どんな気持ちで私が料理を作って居るのかを少しでも理解して欲しいと思いました。主人はレトルト食品や外食が好きな方です。昔に比べると我が家での食事を好んでくれる様には成りましたが、もっとお料理に込められた心を解って貰いたいと思いました。食卓に並べられた料理を良く眺めて見ると、お料理達から自分への愛のメッセージを感じる時が有ります。心を込めて作った物は、必ず其の愛情が出来上がった品から感じられます。少なくとも私は、母や義母が作ったお料理からは私へ話しかけてくれる様なとても心温まるメッセージを感じる事が出来ますし、身内が作った物に限らずお店でのお料理からも温かさを感じられる時は有ります。味の好みも有るでしょうが、お料理を見た時に、本人の為に注がれた作り手の心や食材からの愛情は感じられる様に成って欲しい。たとえファーストフードやファミリーレストランでお気に入りの味が有るとしても、其れは主人の健康を気遣って主人の為だけに作られた物では無いので、同じ献立の品を比べた場合、家族が其の人の為に作った料理の重みを理解して欲しいと主張しました。私の言った事は解ってくれた様です。もし、食卓に並べられたお料理から優しさを感じられないのだとしたら、私の調理や盛り付けの仕方が不味く、真心が入って居無い手抜き料理の時も有るかも知れません。其れは私が反省すべき点で有り、台所に立つ時は必ず心の身嗜みも整えておかなければいけないと思います。そして主人が食べ易く、好みの味に仕上げられる様に私も出来るだけ努力をすると言う事でお互いに納得しました。此の一件以来、好みの味に仕上がって居無い時は相変わらず正直に、「もっと○○風味にして欲しい。」と希望を言いますが、少なくとも料理に込められた心は解ってくれる様に成りました。前日食べてくれ無かった肉団子入りのお鍋は其の日食卓に出しましたが、肉団子が大変美味しいと好評でした。

 2月26日(月)

 温泉 其の一

 主人が風邪を引いたらしく、喉の痛みと身体の怠さを訴えましたので、喉に玉葱を貼り一太郎に風邪が良く成る様に願望を書き込んだ所、其の日は楽に成ったのですが、翌日帰宅して、「しんどいから今日は早く寝る。」と言って居ました。おまけに不機嫌で、私は肉団子入りのお鍋を夕食に準備して待って居たのですが、「そんなもんいらん。食欲が無いからラーメンでええ。早く作って。」と言われたのでムッとしました。体調が悪い時はイライラする事も有るだろうから仕方が無いと思い、お鍋を止めてインスタントラーメンを作って食べて貰い、其の日は主人は何時もよりも早く寝ました。ぐっすりと寝たらしく翌日は元気に成り、「お陰様で風邪はすっきりと治った。」と言って居ました。そして実は、前日帰宅途中に饂飩を食べて帰った為に家では御飯が欲しく無かった事を白状しました。偶には寄り道をして何処かのお店に入り、気分をリフレッシュさせる為にお茶を飲んだり食事をするのも良い事だと思いますし、主人の心の赴くままに是非そうしてもらいたいと思って居ます。途中で食事を済ませて帰る事を責めて居る訳では有りません。前日、私は主人が好みそうな肉団子入りの中華風のお鍋に初めて挑戦し、肉団子も作って待って居たのですが、「そんなもんいらん。」と言われた為に腹が立ちました。「途中で食べて来てお腹が一杯だから、もうラーメン程度しか食べられない。」と言ってくれれば良かったのに、其れを言わずに、「食欲が無いから。」と言うので身体の心配までして居たのに・・・・・・。私はプッチン切れて、喧嘩に成って仕舞いました。

 2月23日(金)

 里帰り 其の十二

 帰宅して暫く経った或る日、母から蜜柑を送るからと電話が掛かって来ました。母の実家から段ボール箱一杯に蜜柑と椪柑が送られて来たので、お裾分けに我が家にも送ってくれるとの事です。翌日届いた段ボール箱は可成り重たくて中を開けると、沢山の蜜柑、椪柑と一緒に米と二斤のパンが入って居ました。母が食べて居る様なふんわりと柔らかいパンでは無く、私の好きなどっしりと重たい天然酵母のパンが二種類入れられて居ました。とても美味しそうでした。里で母と一緒にパンを食べながら、我が家ではもっと実が詰まった固いパンを食べて居ると私がちらっと言った事を母が覚えてくれて居た様でした。段ボール箱にぎっしりと詰められて居た此等の食品を見た時に、親ってなんて有り難いのだろうと思いました。実家に居た頃、農家で有る母の実家から野菜が一杯詰められた段ボール箱が時々送られて来て居ました。其れ等の野菜はスーパーで買う物と全然味が違って美味しいと母は何時も言って居ましたし、私もそう思います。山奥で自給自足をして居る母の故郷では土が肥えて居るのだろうと思います。昔は、「美味しい野菜や果物を沢山送ってくれるので助かるし嬉しいな。」と言う程度の思いだったのですが、今回はやけに物よりも愛情が強く感じられました。まるで荷物が私に話し掛けてくれて居る様でした。母の姿が思い浮かんで来て、どの様な思いで荷物を詰めたのかが手に取る様に伝わって来ました。蜜柑も椪柑もパンも心に染み渡り、此以上の物は無いと思える程格別に美味しかったです。受け取った愛情を胸の奥で噛み締めながら食べました。

 2月22日(木)

 里帰り 其の十一

 私は食欲に勢いが付いた時は、主人がびっくりする程沢山食べます。実家では少々羽目を外しても良いから楽しく過ごそうと思って居ました。実際、何時も安らかな空気に包まれて居る心地良さと懐かしい故郷の味を堪能出来、とてもリラックス出来ました。妹夫婦もやって来てお鍋を囲んでの楽しい宴会も有りましたが、私は宴会其の物を楽しむよりも、お料理の美味しさに心が引き寄せられた様です。其れが三日も続き、身体に負担を覚え、其処で自分で出来る範囲で賢く調節すれば良かったのですが、其の頃は判断力も落ちて居り欲も現れて居ましたので、我が家へ戻らないと気持ちの切り替えが出来ない状況でした。「酒は飲むとも飲まるるな。」と言う諺が有りますが、私には、「ご馳走を食べても食べられるな。」と言う戒めが必要でした。宴は団欒が目的で有り、お料理は其の場を一体化する補助的な物だった筈。両親の手前、沢山食べなきゃいけないと思って居ましたが、弾みが付いて大食すると胃袋が次回も同量程度を欲し、其の不自然な行動に対して心地悪さを覚えましたが、こんな事をして居たらだめだと不安に成る気持ちを別の欲(甘い物)で紛らわすと言う行動を取って悪循環に陥って仕舞いました。心の乱れが過食を導きますが、過剰摂取をすると身体の機能が滞るだけでは無く更に心は淀んで仕舞います。羽目を外した楽しい一時は過去の出来事で有り、何時までも心が其処に止まって居る限り暴飲暴食は続きます。目の前の新しい瞬間と向き合えば取るべき行動が見えて来ますし、明るい未来に心を向ける事に因って身体も生まれ変わるべく活性化されますが、解って居ても心は自在に操り難い物です。気持ちを切り替える事が出来るのはほんの一瞬の切っ掛けなのかも知れません。

 2月12日(月)

 里帰り 其の十

 私達は夕食を戴いて直ぐに実家を後にしました。帰宅途中の電車の中で、私の身体の中から熱い空気が食道、喉の奥から鼻の方へと伝わって来ましたので、お腹が熱を持って来て居るのが分かりました。其の日は深夜に帰宅して其の儘寝ましたが、翌日体温を計ると38、6℃有りました。非常に陽性に成って居る為か普段よりも大変元気で、寒い外気に触れても心地良い状態でしたし、喉の痛み等の風邪の症状が全く無い為に身体が辛く無く、此の儘の状態でも良いなと思った位でしたが、矢張り熱は下げなきゃいけないと思い、食事を止めて時々冷凍バナナやメロンを食べて過ごしました。実際、大変陽性に成って居る為か全くお腹は空かず食事も欲しく有りませんでした。痛みを伴って腫れて居た腎臓、腹部と肝臓に聖士會館湿布を貼り、一太郎でも其れ等の臓器を冷却させるカラーのビームライトバーコードで加速させた所、痛みが消えて行き微熱程度に下がりました。運動して汗を繋けばすっきりと熱が下がるんだろうなと思いましたが、神霊治療の画面を開けてビームライトコンパスの中で寝て居る内に眠って仕舞い、目が覚めると沢山汗を繋いて居り、其の後直ぐに平熱に戻りました。日帰りで里帰りをする場合は問題は無いのですが、実家で何日かを過ごすと、私は大抵身体の調子が悪く成ります。我が家へ帰宅した直後に発熱したのも今回が初めてでは有りません。ゴロゴロした生活をして運動不足に成って居る上にご馳走を食べ過ぎるのが原因だと思います。今回私は発熱をしましたが、主人は帰宅後下痢をして居ました。

 2月11日(日)

 里帰り 其の九

 デパートの中を色々と見て回り買い物もしました。母は其のデパートは良く来るみたいで詳しく、お気に入りのパン屋が有るそうで、母は其処でパンを買いました。最近は昔よりも美味しいパン屋さんが増えて居ます。イーストの有無の違いだけで、パンも使用して居る材料はケーキと同じで、コクが有りしっとりとした味わいに成って居るのは乳製品をたっぷりと使用して居るからだろうと思います。見た目も豪華で種類も多く、ケーキと大差が無い様な柔らかくて甘いパンが彼方此方で買える様に成り、母も其れ等の美味しいパンを好んで時々買って居るみたいです。私も買わないかと勧められましたが、自宅へお土産を買って帰るのは止めておこうと思って居ましたので、私は買いませんでした。デパートから戻って来て三人でテイータイムをして、母はお茶だけでしたが、私は洋菓子を食べ母が買って来たパンも美味しそうなので戴いて食べて仕舞いました。お茶の時間はほっとします。我が家へ帰ると此の様な柔らかくてふんわりとしたパンは食べる事が無いのだからと思うと食べ納めと言う下心からつい手が出て仕舞います。お土産は買わないでおこうと思って居たのに、結局、其の分を其処で食べて仕舞いました。満腹だった筈なのに、甘い物は入る所が別でペロリと食べられて仕舞います。実家では何もする事が無く、ゴロゴロして居る間に直ぐに次ぎの食事の時間がやって来ます。食べるのが仕事だと思って過ごして居る内に胃袋はどんどん大きく成り、身体の状態を無視して沢山食べる癖が付いて仕舞いました。私の胃は触ると可成り膨らんで居り、「此はやばい。」と思いましたが、其れから約二時間後の夕食にお寿司を取って貰った時も、やっと此が最後の食事だと思いながら胃に詰め込んで行きました。でも、此の時は流石に全部は完食出来ませんでした。本当に胃がはち切れそうでした。

 2月10日(土)

 里帰り 其の八

 実家へ帰ると、何時もよりも大人数での食事が楽しく、又、母の手料理を味わえるのが嬉しいと言う事も有り普段よりも沢山食べますし、私達の為に色々と用意をしてくれるので、「どうしても食べなきゃ。」と思い、無理をしてでも食べて仕舞います。楽しい食卓では有りますが、親の前では沢山食べるのが自分の義務だとも思って居ます。実家に滞在中は出掛ける事も無くゴロゴロした生活をして居たと言う事も有りますが、流石に三日目に成ると身体がどんよりと重苦しく、常に胃袋が張って居る状態を感じて落ち着かなく成りました。三日目に母と主人との三人でデパートへ買い物に出掛けました。丁度お昼時でしたので、三人でデパートの中の中華料理店に入りました。私は胃が膨満感を感じて居り、お腹は全く空いて居ませんでしたが、皆と同じ様に多目の料理を注文し、可成りのスピードでペロリと食べて仕舞いました。味わわないで早食いをすると、たとえお腹が一杯でも食べられて仕舞います。食べる量が少無いと心配するので、私は親の前では何時も努めて沢山食べる様にして居ます。多分、主人と二人だけの外食だったならば私は自分の身体の状態を判断して節制し極少量に留めて居たと思いますが、母も一緒だった為に嘗ての大食いの底力を発揮して無理をして食物を胃に次々と流し込みました。其の時、前夜テレビで見た大食い大会の模様を思い浮かべ、「今の私は彼の人達と同じ状態だな。」と思いながら義務感で食べて居ました。此の様な得意技で其の場を凌ぐ事が出来るのが良いのか悪いのか分かりません。彼のテレビに出て居た人達には到底及びませんが、満腹な筈なのに沢山食べ、それでも限界は感じて居ませんでした。異常な状態だと思っては居ましたが、其の日の晩に実家を離れて帰宅する予定でしたので、もう少しだから辛抱出来ると考えて居ました。

 2月9日(金)

 里帰り 其の七

 実家に滞在して居た時、テレビで大食い大会の番組を見ました。其の人達は太って居らずごく普通の何方かと言えば痩せ形の体型をして居るのですが、四十人前のお弁当を殆ど休み無く食べ続けたりと言う普通の人では考えられない程の大量の食事をして居ました。しかも大変な早食いで、満腹中枢が正常に働いて居無い様でした。其程では有りませんが、私も嘗ては身体に似合わず早食いの大食いをして居ました。良く噛んで居無いから食べるのが早く成り量も沢山食べて仕舞うと言う事が今は分かるのですが、私の両親や妹も同じく食べるのが早いので、実家で暮らして居た頃は自分が早食いの大食い人間だとは思って居ませんでした。主人が特別ゆっくりと食事をする人だと言う事も有りますが、結婚して主人と同じ食事をして居た頃、主人よりも沢山の量を殆ど二倍近いスピードで食べ、何時も私の方が可成り早く食べ終わって居ましたので、毎回呆れられて居た物です。「ちゃんと噛んで食べなさい。」と良く言われて居ました。自分の食べて居る姿を直接自分の目で見る事は出来ませんが、早食いの大食いをして居る他人の姿を見て自分の姿に置き換えて想像をしてみると、余り気持ちが良い物では有りません。自分も彼の様なガツガツとした姿をして食べて居るのかと思うと気を付けなければと思います。私の場合、良く噛まないと言う癖は意識をして居無いと今でも時々出て仕舞います。一人での食事の時は大抵さっさと食べて仕舞いますし、二人で食事をして居ても会話が無く沈んだ食卓の場合も黙々と食べて仕舞います。明るい食卓は心を豊かにし、心が満たされると胃も満たされます。又、食べる前に一呼吸を置いて心と身体に耳を澄ませると同時に、目の前に盛られたお料理達の姿を良く眺めて見れば、如何にお料理が自分へ愛情を注いでくれて居るのかを感じる事が出来ます。其の心を受け止められれば、礼を尽くしきちんとした食事作法で戴く事が出来、そうすれば食べ過ぎる事は無く、何とも清々しく身体の調子が良い事を感じられます。意識次第で選択出来る自分の姿ならば、常に真実と言う鏡に映し出されて居るであろう自分の姿を省み何時も美しく有りたい物だと思います。

 2月8日(木)

 里帰り 其の六 

 もう何年も前の事ですが、仏事の為に三日間家族皆で店屋物の食事を摂り続けた事が有りましたが、私は三日目には気が変に成りそうで、堪り兼ねて台所に立ち簡単なチャーハンを作って家族で食べました。家族の味の好みは様々なのですが、流石に此の時のチャーハンは家族全員に好評で、「生き返った!」と言って貰えました。有り合わせの少量の具を白御飯と共に極短時間で炒めただけなのですが、此の時は我ながら格別の味に思え、滞って居た気が身体の隅々まで行き渡る様で身体がいっぺんにシャンとした物でした。毎年、御節の重箱には母が作った煮染めの他にも購入して来た市販の瓶詰めの栗や蒲鉾も入れられて居るのが常でしたが、今思えば私が好んで食べて居たのは煮染めや黒豆等家で作った物ばかりでした。最近は御節料理を予約して購入する家庭も多い様です。店屋物の全てが機械的に作られて居るとは思いません。お料理の職人さんが心を込めて丁寧に作って居られる物も有ると思いますので、其の様な物を戴く機会を得、会話が弾み和やかで温かい団欒の場に成るのも良い事だと思います。母の作る御節料理は特に手が込んで居る訳でも豪華な食材を使用して居る訳でも無く、野菜だけの煮染めと黒豆程度ですが、私にとっては心を満たす物として一年の始まりには無くては成らない必要不可欠の物で、此を食べるのが長年の習慣なので、無いと物足りない様な寂しさを感じます。

 2月7日(水)

 里帰り 其の五

 市販の煮豆は、どうしてふにゃふにゃとした口当たりで無機質に感じるのだろう。長年疑問に思って居る事です。母の炊いた豆はふっくらとして柔らかいですが、存在感が有り食べると力が出ます。同じ原料を使っても、此が時間を掛けて心を込めて作られた物と工場で短時間で出来て仕舞う物との違いなのだろうと思います。無機質的な物を食べると、私は胸がスースーとして空しく感じます。どうして此の様な物が作られて仕舞うのだろう。そして、どうして人々は其れ等を買うのだろうか。段々、家で黒豆を炊くお宅も減って来て居り、名の有るお店の煮豆を「此、とても美味しいよ。」と勧められて戴いた事が有りますが、私は矢張り何か物足りなくて胸がスースーした物でした。昔は母の味は面白味が無いと思って居り、外のお料理に憧れた時期も有りましたが、実家を離れて自分の料理、人の料理、お店の料理と色々な味を体験して来た今、家庭料理に勝る料理は無いと強く思います。味の好みは色々有るでしょうが、家庭料理は人の本質が欲する物が含まれて居り、とりわけ其其の家庭で作られるお料理、つまり、其の家庭の主婦(母)が作る料理以上に家族の人達を癒す物は無いと思います。心の込められたお料理は、戴いた時に胸が熱く成りお腹に染み渡り温かさを感じる事が出来ます。食事を戴くとは、身体を養うだけでは無く、お料理に込められた愛情をも同時に受け取り、心へ栄養を注いで居るのだと思います。赤ちゃんが、母乳を通じて栄養とお母さんの愛とを同時に受け取って居るのと同様に、我々も家庭での食事を通じて肉体と心への栄養補強をして居るのだろうと思います。本当の人として生きて行く為に必要不可欠な物が母(主婦)の手料理には含まれて居るのだと思います。

 2月6日(火)

 里帰り 其の四

 黒豆に限らず、他の種類の煮豆の市販品を戴く事が有りますが、市販品は甘過ぎてえぐみを感じます。母の煮た黒豆はあっさりとした甘さなので、どの位に砂糖を使用して居るのかを聞いた所、豆の八割程との事で、私が想像して居たよりも多く使用して居ました。煮汁ごと保存して居るので、煮汁を口にすると砂糖の甘味を強く感じますが、豆だけ食べればしつこい甘さを余り感じ無く、豆の味も残って居ます。じゃあ、市販品はもっと多くの砂糖を使用して居るのだろうか?其れとも、添加物が砂糖を加速させて、食べた後でえぐみが残る程の強い甘味が出て仕舞うのだろうか?母のお善哉も食べました。此方は強い甘さを感じましたが、余所で食べる物に比べると心が落ち着く美味しさが有り、安らぎます。矢張り昔から馴染んだ味だから?母の手作りの物だから?此が心が伝わると言う事だと思います。インスタントな物を使わず、時間を掛けて煮て居ると材料全てが融合し、其処に愛情も加わり円やかで美味しい一品が誕生する。どんな手料理にも心が込められて居るのでしょうが、自分に近い人が作った物は、より自分と波長が合い、其れがほっと落ち着く実家の味なのだろうと思います。

 2月2日(金)

 里帰り 其の三

 奈良では毎年、成人の日に若草山の山焼きが行われます。夕方六時に若草山に火が放たれて花火が打ち上げられます。山が燃える光景と沢山の打ち上げ花火が見応えが有り、主人の実家から其の様子が丁度良く眺められる物ですから、此の日も再びお正月の様に主人の実家に親族が集まり、ご馳走を囲みながら見物をして居た物ですが、此の数年連続して山焼きが雨の為に延期に成ったりと言う事も有って見に行か無く成りました。今年も雨で延期に成ったのですが、其の日は今度は私の実家へ主人と共に行って来ました。お正月の三が日は終わって居ましたので、母の御節料理は残って居らず、食べられ無くて残念でした。母は毎年大晦日に御節料理を作ります。黒豆を煮、煮染めを一日掛かりで作ります。私の子供の頃から母の御節料理は作り方も味も全く変わって居ません。一年に一回しか作りませんし、全て目分量で自分の舌の感覚だけで作るのですが、味が変わらないと言うのは凄い事だと思います。母の煮染めは飽きが来ない味で私の好物で有り、昔からお正月の三日間は連日好んで食べ続けて居ました。多分、同じ重箱に同じ内容の煮染めが詰められて居る物が沢山並んで居たとしても、食べればどれが母が作った物なのか見分けられる自信が有ります。煮染めだけでは無く、どんな料理でも母が作った物は分かると思います。其れが家庭の味、親子間に馴染んだ味覚で有り、私だけでは無く、恐らく世の中の大部分の人もそうだと思います。母の手製の御節料理が食べられなかったのは残念でしたが、黒豆は残って居ました!食べると、矢張りふっくらと上品に柔らかく炊き上がって居り、毎年食べて居る母の味がしました。

 2月1日(木)

 里帰り 其の二

 年末年始は主人の実家で過ごし、我が家を離れた私はのんびりとさせて戴きました。身内の家へ行き、手料理を戴くのも楽しい物です。普段は自分の作った物を食べて居ますので、又一味違った目新しいお料理は色々と参考に成ります。特に主人の実家へ行くと、主人が何を食べて育ったのかが見えて来ます。各家には其其の味が有り、親の好みが子供に反映され、親子は味覚が似る物だとつくづく思います。大晦日は年越し蕎麦と御節料理、お正月は御節料理、お雑煮、水炊きとご馳走を戴きました。結婚した頃、お正月に主人の実家へ行くと全員に其其のお料理を盛り付けられた家紋入りのお膳を与えられた物でしたが、現在は御節料理と言っても少量の煮染めを作る程度で普段の食事と余り大差が無く成って居ます。面白い事に重箱にはハムが詰められて居り、ハムが好物な主人は其ればかりを頬張って居ました。義母は蒲鉾がお気に入りで、私は煮染めを中心に戴きました。一つの重箱の中でも其其皆の好みが別れて面白い光景でした。夜は主人は義母と共に大きなステーキ肉を戴き、故郷の味を堪能出来て心休まる一時を過ごして居る様に見えました。義母が私の為に生麩を用意してくれて居たのにはビックリしました。丁度、生麩を食べたいと思って居たのですが、義母の前で生麩を食べた事も話題にした事も私の記憶には無いのですが、私が好物なのを知ってくれて居り大変有り難く思いました。生麩は水炊きの鍋に入れ、みんなで食べました。主人も義母も生麩を食べるのは初めてですが、美味しいと評判でした。此の日の為にと特別に出して戴いたお料理に親の愛情、思いが込められて居る事がヒシヒシと伝わって来ます。又、沢山食べる事が栄養に成り、客人の心を満たす事だと思われて居る風調が有りますので、どんどん食事を勧められますが、訪問先では我が家に居る時に比べて余り動きませんので運動不足に成りがちです。主人の実家に居る時でも、胎児運動、犬歩きは行って居ましたが、其れ以外は部屋の中でゴロゴロして過ごして居ましたので、食べ過ぎない様に気を付けて居ました。お陰様で正月三が日の間は体調を崩す事も無く、精神的にもゆったりとして良いお正月を過ごす事が出来ました。

 1月31日(水)

 里帰り 其の一

 一月も最後の日と成って仕舞いました。一月はお正月、結婚記念日、奈良では若草山の山焼き等、個人的な物も含めて行事が多く、あっと言う間に過ぎて仕舞います。出掛ける事が多く成り、普段よりもご馳走を戴く機会も多いですので体調も崩し易く、上手く気持ちの切り替えをしなければと思います。お陰様で、年々身体の声を聞く事が出来る様に成り、暴飲暴食も随分と減って来ました。新しい年を祝い、自分を取り巻く人達とご馳走を囲んで楽しい宴を持つ事は心の栄養に成り、自分の人生を豊かにする楽しい一時で有り大変素晴らしい事だと思います。其の時間を皆と分かち合う事と、暴飲暴食に走って仕舞う事とは少し別の様な気がします。普段の我が家は一人又は二人だけの食卓ですので、沢山の人達と話しを弾ませながら自分が作った物で無いお料理、通常は戴かない様なご馳走が目の前に並ぶと、ウキウキしてどんどんお箸とお酒が進み、私は宴に没頭して仕舞います。大変に楽しい一時です。後で、矢張り胃が凭れる事は有りますが、楽しかった宴の置き土産として微笑ましい物で有り、其の後気持ちを新たに節制すれば修復出来ますので、身体の声を聞き、心を現在から未来へと切り替えて行く事が日常とハレの日との上手な過ごし方だと思います。暴飲暴食とは心の問題。心が過去に止まって居る事に因る物の様な気がします。

 1月30日(火)

 結婚記念日 其の五

 主人は二人の時間を大切に考えて居ます。食事も楽しみにして居ます。結婚する前、食事中だけに限った事では有りませんが、主人の心からの幸せそうな顔を見た時に、「此の人をもっと幸せにしたい。」と思った物でした。あの時の強い思いをいつの間にか私は忘れて居ました。主人に幸せだと感じて貰える様に自分は日々努力して居るだろうか。二人の一時は何も食事に限った事では有りませんが、向かい合う時間を持てるのは夕食時位な物ですし、限り有る時間ならば矢張り其の瞬間を大切にしなければと思います。其の為には少なくとも私は心身共に常に健康で居無ければ成らない。此が最低条件だと思います。そうすると私は正食を行い、今後も矢張り異なった食卓に成るのでしょうが、風変わりな食卓だからこそ余計に最高の判断を求められるのでしょう。結婚した頃、「普段は何も要らないから結婚十周年には真珠のネックレスが欲しいな。」と予約して居た物でした。十年目を迎えた今、アクセサリーも身に付ける物も何も欲しくは有りません。二人とも今まではお陰様で病気らしい物に会わずに過ごして来られましたが、此からも毎日健康な日々を過ごせる事、出来れば永遠に、此が今の切なる願いです。昔の様に二人で同じ物を分け合って食べる日が再び訪れるのかどうか分かりません。出来れば残りの人生で其の日が来る事を祈って居ます。星に願いを込めて・・・・・・。

 1月29日(月)

 結婚記念日 其の四

 結婚当初、「お互いに望む事は?」と言う質問に対して主人は、「今のままの恵子で居て欲しい。」と答えました。先日、私達はお互いに再び同じ質問をした所、主人の答えは当時と全く同じ物でした。結婚した頃、私達は同じ食事をして居ました。殆ど二人の味覚は同じだと言っても良い位でした。私もお肉を美味しいと思い、お菓子、カップラーメンが大好きで、同じ食べ物を二人で分け合って食べて居ましたし、頻繁に外食を楽しんで居た物です。此の九年間で私の食生活だけが変わって仕舞いました。食生活が変わると物の考え方も変わりますし、我が家は変則的な食卓と成って仕舞いましたが、主人は何も文句は言いません。昔の私と今の私とでは違うと思うのですが、主人の言わんとして居る事は、恵子は恵子のままで居なさいと言う事だそうです。「此からも恵子の思った通りに生きなさい。」と。此の日、私が、主人の幸せが自分の幸せで有ると思ったのと同様に、主人も同じ事を考えて居ます。現在、二人は違う物を食べて居ますが、食事中に私がお料理に感激して思わず、「美味しい!」と言った時、其れは主人にとっては美味しくも無く見るからに理解出来ない食べ物で有るにも拘わらず、箸を止めて目を細めて微笑んで居ます。此の日の私がそうで有った様に、食べて居る物や尋常で無い食事形態は問題では無く、一緒に過ごす時間と空間を大切に思って居るのです。全てを受け入れ温かく見守る心・・・・・・。時々私は、主人から人として有るべき姿を学びます。

 1月28日(日)

 結婚記念日 其の三

 主人が幸せそうな表情をしたのは、好物を食べて美味しかったと言うだけでは無く、其の時に私も同じ気持ちで居たから、其れをお互いに瞬間に分かり合えたからだと思います。考えてみれば、結婚記念日は前日でした。ワイン以外は食事も普段通りで、特にお洒落をして居た訳でも有りませんし、プレゼントを貰った訳でも有りません。幸せを感じられるのかどうかは気持ちの問題なのだと思います。此の日、しみじみと温かさを感じる事が出来たのは、私が此の時此の瞬間の全てが愛おしいと思ったからで、其れは私自身の問題です。ワインを買ったり焼き肉の用意をしたのは結婚記念日をお祝いしたかったからですが、其の時の私はもう記念日だと言う事も忘れて、自分が身を置いている現在と言う時間に没頭し其れはとても大切な深い空間だと感じて居ました。此の時、200gのお肉はどうでも良い存在に成って居ました。全てが愛おしく、全てを許せると言うのは自分にとって幸せな瞬間です。お互いに空気みたいだから、普段は何も考えて居ないから余計に此の様な特別な日が感極まるのか。でも、常に此の様な愛情溢れる食卓で有れば良い筈。其れが自分の気持ちの問題なら普段でも出来る筈。私が今までに足りなかった物、其の瞬間を受け入れる心を持つ様にすれば、今後は何時でも此の気持ちを味わえるのだと思います。

 1月27日(土)

 結婚記念日 其の二

 翌日、主人は何時も通りの時間に帰宅しましたので、改めてお祝いをしました。私はパスタ、主人には焼き肉を用意してワインで乾杯をしました。普段なら二日続けてお肉料理にする事は無いのですが、お祝いだからと思って此の日も主人の好物を用意しました。主人は特に大食家では有りませんし、普段のお肉料理の時でも100g程度しか食べませんが、此の日はよほど美味しかったらしく、200gのお肉を食べて仕舞いました。特別の日なので、私も奮発して多目にお肉を用意して居たのでした。主人は目の前の私の存在を忘れて居るかの様に無言で大変美味しそうに味わって食べ、時々我に返って満面笑みを浮かべながら顔を上げます。無言でしたが、目が幸せだと言って居ました。其の表情が私にとってはご馳走でした。主人の食べて居る姿を見て居るだけで私は満腹に成り、箸(此の日はフォーク)の動きが止まります。家族が幸せで居てくれて居る事が自分にとっても幸せだと思える瞬間です。此の時の私の気持ちは多分主人にも伝わって居たと思います。特別な日だった為?それとも乾杯をした為か、話しを交わさなくてもお互いに心が伝わり、温かい食卓に成りました。

 1月26日(金)

 結婚記念日 其の一

 先日、結婚記念日を迎えました。昔は、普段作らない様なお料理を此の日とばかりに作った物でしたが、年々、ご馳走では無く、普段通りの夕食で済ます様に成り、気持ちだけのお祝いに成って居ます。今回はどうしようかなと思いましたが、結局、何時も通りの食事で過ごす事にしました。主人には好物の豚カツを用意して居ましたが、仕事で遅い帰宅に成った為、私は先に一人でお粥の夕食を済ませました。遅く帰って来た主人は夕食が未だでした。遅い時間に重い物を食べるのは良くないだろうとは思ったのですが、「豚カツだけど、食べる?」と聞いたら「食べる。」と答えたので提供して仕舞いました。主人は豚カツが大好物です。「食べる?」と聞いたら断る事は滅多に有りません。其れを知って居るのなら、「遅いから豚カツは明日にして、今日はもっと軽い物にしておこうね。」と言うべきだったと思いました。他に何も用意して居無かった事と咄嗟に軽食が思いつかなかったので準備して居た豚カツを揚げて出して仕舞いました。私の聞き方、誘導の仕方一つで主人の食事から体調が左右されるので、もっと慎重に対処しなければいけないと思いますが、美味しそうに豚カツを食べて居る姿を見て居ると、此で良かったのかどうか益々迷って仕舞います。

 1月24日(水)

 正食料理 其の二十七

 健康な生活を送る為には、常に自分の身体と対話し、身体からの声を聞いて調整をしてあげる事は重要な事ですし、同時に、自分の内面と向き合う時間を持つ事も大切です。肉体の健康を維持する為に何を食べるかを吟味する事は必要ですが、其れに拘る余りに視野が狭く成り、本当に大切な物が見えなく成って仕舞っては果たして幸せでしょうか。顔を上げて心を開いて見渡せば、実は周りには温かい物が溢れて居る事に気付きます。家族との団欒、社会の人達との触れ合い、季節を感じ木や花の成長に目を止め空気を味わい星空を見上げて見る。正食とは、限定した(食)生活を作って仕舞う事では無く、心が満たされ、身体も真に健康で居られて、最高の幸せを感じられる生活其の物だと思います。未だ未だ私が理解して居る事は大宇宙の神秘に比べたらほんのごく一部に過ぎず、生涯を通じて追求して行きたい道です。人体も自然も宇宙も不思議が一杯。だからもっともっと知りたい!此から先も毎日が勉強で有り、肉体を持って居る限り永遠に続く道だと思います。自然も肉体も常に変化して行きます。そして心も。自ら作り出した物で有りながら、心は四方八方へと揺らぎ、今後も悲しく思う事、怒りが込み上げて来る事や嫌だと思う事にも出会うと思います。其の度に判断を誤り迷って仕舞い自分が分からなく成る時も有るかも知れませんが、再び気付き、本来の道に戻り、光の射して居る方へ向かって進んで行ける為には常に透明な心を持って居られる人間で有りたい。其の為に健全な心体を培って行く料理が正食料理で有り、此から先も私は正食料理を作り続けて行きたいです。そして、幸せを感じ続けて居たい。一人でも多くの人達と一緒に・・・・・・。

 1月23日(火)

 正食料理 其の二十六

 他の食養理論では、カリウムが多い芋類は陰性だから余り摂るべき食品では無いと言われて居ますが、四面性理論では、芋は横隔膜下の臓器の中でも、特に、食物繊維が有るからと言うだけでは無く、転がると言う形状から来る性質に因り、整腸作用が有る大変重要な食品だと言う事に成ります。同様に、ナス科の食物で有る菠薐草、茄子、ピーマン等も熱帯原産の食物だからと言う事で、他の食養理論では摂るべきでは無いと言われて居ますが、熱と塩を加えると大変力に成る食品だと言う事や面性移動の重要性を習い、益々、此が大自然と調和すると言う事なのだと思いました。陰・陽の二面性だけで考えて居ると、本当は身体にとって大変重要な此等の食物を摂取しない生活を続ける事に成り、身体が歪んで来ます。又、濃い味付けに因る塩(陽性)が腸に溜まり、排出され難い生活を続ける事に成りますので、女性ならば以前の私の様に生理が止まる事は考えられますし、血液循環不良を起こし、肝腎要(膵・脾)も疲れ、結果として病気に成って仕舞う可能性は有ると思います。健康に成る為の食生活改善で有る筈なのに、ホルモンバランスを崩したりすると言う事は、真実に基づいて居無いからです。私は、爪哇薯を始めとする芋類やトマト等のナス科の食品を実際に食べてみると身体に合いますし、美味しく感じて大変好物です。世の中には様々な食事療法が有りますが、実践しみても尚且つ健康に向かわない様ならば其れは誤りだと言う事に成ります。机上の理論を実践するだけで満足して居るのでは無く、摂取した物が自分の身体で実際にどの様に働いて居るのか、常に自分の身体と対話する事の重要性を実感しました。

 1月22日(月)

 正食料理 其の二十五

 其れまでの料理が正食では無かった事に気付いた私は、通って居た料理教室を止め、其の後、聖士會館の正食料理教室で勉強をさせて戴きました。其処で受講をした無双原理講座は、其れまで私の頭の中に有った知識とは大きく内容が違って居ました。現界を陰・陽で見るだけでは無く、土(海)の上下に有る物を横隔膜上下と同調させる四面性理論は目新しく、納得させられました。又、つい、食べる事にばかり目が行きがちですが、入出口と言わずに、出入口と言う言葉が有る様に、先ず、入れる(食べる)事よりも、出す(排出)事が重要で有ると言うのは、本当に其の通りだと思いました。入力と出力に差が出来ると歪みが生じて病気に成ると言う事。特に、動物性蛋白質(陽性)は、中心(腸)に止まり腐敗して行く事から様々な現代病の原因と成って居ます。不要な物を溜め込む事から心身が歪んで病気に成るので、内から外に向かって修正する、つまり、腸を修復する為には、正しい食事を摂り、綺麗な血を造るのは当然なのですが、腸は運動をしなければ可動しないと言う事。身体は食べた物で出来て居るから食事が重要で有る点については認識して居ましたが、本当の食生活とは「食事、運動、休息」を含めた生活の事だと強調して教わり、食事の事しか頭に無かった私は、其れまでは大変視野が狭かった事を実感しました。

 1月20日(土)

 正食料理 其の二十四

 辛い物を食べ続けて居た当時、塩気で身体が締まって痩せて来て、「痩せたんじゃないの?」と心配されましたが、周りの人からの其の様な温かい声も受け入れる事が出来ず、自分の行動が正しいと錯覚する余りに判断を誤って、自分自身の不調も不調だとは認識出来ずに居ました。痩せて来ても、「締まっただけ。此の方が良いのだ。」と思ったり、顔色がだんだん土色に成り、肌もカサカサして来て潤いが無く成って来ても、其れは季節の所為で仕方が無く、一時的な物だと思い込み、身体に重りを背負って居る様に重たく感じ、鏡を見ると眉間に皺が寄って暗い表情に成って居り、実際に、日々、イライラして居ましたが、其れも塩気が蓄積され、身体が陽極まった結果から来る物だとは認識出来ずに居ました。そして、一条先生から指摘をされた様に、右側の臓器が腫れて居る事など全く気付いて居ませんでした。自分の身体と対話する事無く、机上の理論だけを追いかけて居た結果で有り、此の時に成って、私が実践して居た食生活自体が誤りで有った事も、周りが見えて居無かった事、又、自分自身の事も分かって居無かった事にも気付きました。もし、心が頑なで無かったなら、周りの人からの助言を冷静に受け止め、自分の不自然な行動に気付く機会は有ったと思います。食生活も間違って居ましたが、温かい心を忘れて仕舞って居た事が尚更問題だったと思います。常識とは何か、人間としての優しい心を持ち合わせて居るのか・・・・・・。健康に成りたい気持ちは多くの人が持って居ます。其の様な意志を持ち、食生活の改善に取り組んで居たとしても、其処に温かみが存在し無ければ本当に正しい選択なのかどうか振り返って見る必要が有ります。愛が感じられ無ければ真実では有りません。私が行って居た事は、玄米菜食では有りましたが、正食と呼べる物では無かったと言う事に成ります。

 1月19日(金)

 正食料理 其の二十三

 私は極端な事をして居たのだと思いますが、今でも、玄米食をして居る女性の中で、私と同様に生理が止まって仕舞った人達のお話は屡々耳にします。彼女達も、当時の私と同じ様な食生活をし、必要以上に塩気を摂り過ぎて居る為だと思います。お腹が非常に陽性に成り、ホルモンバランスが崩れた結果、無月経に成るのですが、当時の私は原因が分からず、講座の時に一条先生に相談しました。先生は、私の顔を全く見ないで、即、「あんた、塩辛い物の食べ過ぎ!」と呆れた様な口調で言われました。どうして顔も見ないで分かって仕舞うのだろうと思いびっくりしました。余りにも即答でしたので、私が相談する前から気付いて居られた様に見受けられ、私の生活を見通されて居る様な気がしてドキッとしました。そして左手の診断で、肝臓、右の卵巣が腫れて居る事を指摘され、塩抜きをする様に言われました。それから二週間程の間、副食に塩気を使わず、其れまで余り摂らなかった芋類や野菜ジュース、薬草茶も飲む様にした所、直ぐに生理も始まり、周りの人達からも、「随分顔色が良く、元気そうに成ったね。」「此の前会った時は、病気じゃ無いのかしらって心配して居たよ。」等と言われ、我が身の不調に気付いて居なかったのは自分だけだったのだと反省しました。

 1月18日(木)

 正食料理 其の二十二

 人間は、陽性で有った方が、元気で活動的で居られます。動物性蛋白質と言う陽性の物を摂取しない食生活をする上で、身体を陽性に維持して行く為には、陰・陽の二面性理論だけで考えると、植物性食品でも陽性にすれば良いと言う理屈に成り、私も、日々、野菜と言う陰性な物を塩気を強くして食べる傾向に有り、当時は、果物や生野菜は殆ど口にしませんでした。又、野菜の中でも、水分やカリウムの含有率が多い物は極めて陰性だと言う事に成り、其れ等に該当するナス科の食物、薯類の一部、山菜、緑茶等は火を通したとしても、極力摂取しない事を奨励されましたので、食べる物が限られて来ます。私は、金平牛蒡や鹿尾菜蓮根の内のどちらか一つは毎日欠かさず食卓に並べ、しかも、どちらも一時間以上火を通し、又、一口食べて、「辛い!」と思える程、必要以上に濃い味付けにして連日食べて居ました。当時は、醤油の減り方が現在の五倍以上も速かった物です。食べて居ても、辛いばかりで美味しく有りませんし、毎日、同じ味、同じお総菜を食べて居ましたので、楽しいと言うよりも食事は義務的な日課でした。其れと言うのも、此程の熱と塩気を加えて陽性にした物を摂れば身体が元気で居られると言う事を教わり、私としては、真面目な気持ちで忠実に学んだ事を実行したつもりでした。其の様な食生活を二、三週間程続けた頃、舌がピリピリして感覚が麻痺し、口の中が苦くて食欲が無くなりました。今振り返ると、よく其程までにして連日同じ物を、しかも必要以上に辛くして、美味しくも無いのに無理をして食べ続けた物だと思います。思考に柔軟性が無かった事、可笑しいと気付かなかった事を大変恥ずかしく思います。其の結果、生理が止まって仕舞いました。

 1月17日(水)

 正食料理 其の二十一

 私が以前通って居た料理教室でも正食理論を掲げ、手当法や無双原理の講義と其れに基づく料理を習いましたが、其れ等は、後に出会った聖士會館での手当法、無双原理とは内容が大きく違って居ます。玄米食を始めた当時は、陰陽に因って森羅万象を説く其の理論に感激して居ましたが、勉強を続けて行く内に、宇宙の秩序の説明にしては不自然だと思える様に成って来ました。前述しました様に、動物性食品の摂取に対して寛容で有る一方、人体及び摂取する食物を陰と陽の二面性だけで判断して居ましたので、三次元の世界に同調して活動して居る人体を二面性だけで解き明かすには無理が生じ、完全体には成り得ず、身体に偏りが出て来ます。身体の中心を作る玄米雑穀での主食を勧め、副食もお野菜中心では有りましたので、此の様な食生活が初めてと言う方達にとっては、ある程度の穀物菜食に因って綺麗な血液が作られ、其れ迄の白米、動物性食品やインスタント食品の摂取と言う乱れた食生活を続けて蓄積されて居た愁訴が消滅して行き、体質が大きく改善されて一般的に健康に成られる事だと思います。私も其の一人で、玄米食を始めてから、体力が出て元気に成り、頭痛や肩凝りや其れ迄持って居た愁訴が消えて行きましたので、当時勉強をして居た其の理論に因る食生活は効果的だと思って居ました。其の不完全さに気付いたのは、忠実に其れに基づく食生活を続けて行く内に体調を崩してから後の事でした。

 1月16日(火)

 正食料理 其の二十

 其のお弁当を売って居るお店でお総菜を選んで居る時に、私は、後から入って来た若い男性に背中を突かれました。振り向き、男性の顔を見ましたが、無言、無表情で、急いでレジを済ませて出て行かれました。狭い店内なのでぶつかる事も有るでしょうが、其の方は、自分の行為に気付いて居らず、目の前に居る人間よりも商品選びに夢中の様でした。其の男性と同じ目をした人達を、時々、自然食品のお店で見掛けます。周りが見えて居らず、人の意見に耳を傾けない人達です。有機農産物、無添加の調味料や生活用品等は未だ一般流通の商品に比べて高めですし、其の様な食材を敢えて購入する人達は、食生活や環境へこだわりを持った人達で有り、其の分、自分の中に主義・主張が有り、現代社会に対して危機感を持って居られるのだろうと思います。其の気持ちは大変良く分かりますし、其れ等の理由で、出来るだけ自然な物、無添加の商品を選択し、健康な(食)生活を送りたいと思う様に成るのは良い事だと思います。其の様な人達が増えて行く事を希望して居ますが、我が身可愛さの為だけの選択で有ったり、自分達の主義・主張が正しいと確信する余りに何時の間にか人の意見に耳を傾けなく成ったりと言う、人間としての優しさを忘れて仕舞った人達も見掛けます。玄米食をしたり、自然食品を購入すると言う選択自体は良い事だと思いますが、温かい心を置き去りにして、主義・主張だけが先走りする自然食ブームで有って欲しくは無い物です。

 1月15日(月)

 正食料理 其の十九

 私達は、週末は出掛ける事が多く、大抵外食に成ります。外出先で玄米御飯を戴けると言うのは大変有り難い事で、此の日も、感謝の気持ちを抱きながら良く味わって戴きました。此の様な気持ちが、美味しく感じる心や食後の爽快感を加速させたのではないかと思います。外へ出掛けると、其れだけでリフレッシュされてゆったりとした気持ちに成ります。外出先での食事の時間は、たとえ玄米食や自然食では無くても、リラックスして楽しい一時で有る事が多いです。其れに比べて我が家では、作る際には美味しく出来る様に注意を払っては居ても、出来上がりのお料理は、私の場合、あっさりと早々に食べて仕舞う傾向に有ります。我が家では一人で食事をする事も有り、一人だと適当にさっさと済ませて仕舞うと言うのも理由の一つですが、他の方に作って戴いたお料理は良く味わって戴く物の、自分が作ったお料理は余りにも自分の口に馴染み過ぎて、有り難みが薄いと言う、もしかしたら此は主婦の宿命かも知れません。でも、此は勿体ない事だと思います。折角、自分の身体に合う正食料理を作って居ながら、外での食事の時の様に、もっと良く味わって楽しい食事の時間を過ごせたら、最高に身体効果率が高く成るのだろうと思います。主人は、我が家での食事もゆっくりと良く味わって食べて居ます。其の顔を見て居ると、私もつられてふっとお料理が美味しく感じます。調理も、お食事も、心がこもれば温かい物に成り、其れは気持ち一つの問題かも知れません。

 1月14日(日)

 正食料理 其の十八

 良く噛んだと言う事も有りますが、食後は頭も身体もすっきりとして爽快な気分でした。我が家でも、決して噛む事を怠って居る訳では有りませんが、最近は炊飯時に水の量が多いのか、炊きあがった御飯に噛み応えが無く、玄米御飯をあっさりと戴いて居ました。私は、米や水の量は目分量で炊飯する事が殆どで、出来上がりの善し悪しにムラが有り、副食は美味しく戴いて居るのですが、御飯は水っぽくてイマイチだと思う事が多く、御飯の炊き方が手抜きに成って居た事に気付きました。一番大切な御飯なのに、もっと気を付けて調理(炊飯)しなければいけないと思いました。私の場合は、御飯で充実感を得られると大変満足した食事と成り、御飯が力不足だと御数を多く食べる事と成り、何時までもだらだらと食べて仕舞います。お総菜店で購入した玄米御飯は少しぱさついて居ると思い、菠薐草も甘味が強く感じましたが、最近の我が家の食事よりも充実して居り、良く噛む事の大切さ、主食と副食の量的な見直し、炊飯の改良点等色々な事を気付かせてくれました。

 1月13日(土)

 正食料理 其の十七

 此の日訪れた文化会館の食堂は、主人のお気に入りなので今迄にも頻繁に来て居ますが、此処のお料理を食べると大変喉が渇くので私は苦手にして居ます。此の食堂へ行くと言う事が前もって分かって居る場合は、何時も私は家で作った御握りやパンを持ち込んで居ましたが、今回近くにお総菜店が有った事を思い出し、味見をしたくて初めて利用したのでした。自然食のお店と聞くと、矢張り、其のお料理の内容が気に成り、一度は購入して味わう事にして居ます。其のお店の玄米御飯はあっさりして居る様に思え、菠薐草も甘味が強いと思いましたが、外出先で此の様な食事が出来るだけでも大変に有り難い事ですので、良く味わって戴き、主人が食事を終えても珍しく私は未だ食べて居ました。家では此の様な事は滅多に無く、私の方が遙かに早く食事を終えて仕舞います。噛む回数が少ないと反省して居ます。

 1月12日(金)

 正食料理 其の十六

 私達は、奈良公園の近くに有る文化会館の食堂で昼食を摂りました。主人はピラフとラーメンとコーヒーを注文し、私は惣菜店で購入した玄米御飯と菠薐草の胡麻和えを持ち込み、其処で戴きました。玄米御飯はお茶碗一杯程度、菠薐草は御飯の半量程でしたので丁度良い量でした。主人は特別大食家では有りませんが、一見、主人は私の五倍程の量を食べて居る様に見えます。此が白米食と玄米食の違いだと思います。買って来た玄米御飯はもちもち感が無くパサパサして居り、圧力鍋で炊いた物では無い様に感じましたが、普段私が食べて居るよりも量が多目でしたし、良く噛んで食べましたので満腹に成りました。菠薐草は口に入れた瞬間に甘味を強く感じ、多分、味醂が入って居るのだろうと思いました。我が家では味醂を使う事が殆ど有りませんので、此の様に外で食事をすると、特に其れが和食の場合、醤油の味と同時に甘味も強く感じる事が多いです。甘辛さが濃いお総菜は白い御飯に良く合い御飯がどんどん進みますので、其れが世間一般の味付けなのかも知れません。私は、此の時玄米御飯を良く噛み其の甘さを味わって食べて居ましたので、尚更其のお総菜は甘過ぎると感じ、玄米御飯には強い甘味のお総菜はあまり合わないなと思いました。しかし、菠薐草の胡麻和えは好物ですし、此の様に甘味を付けると更に食欲がそそられ、其れ自体が嫌いな味では無いので、偶に此の様な味も良いなと思いながら美味しく戴きました。

 1月11日(木)

 正食料理 其の十五

 最近は、自然食品のお店を多く見掛ける様に成りましたし、其れ等の食材を使用してお料理を作って居るレストランも増えて来て居る様です。奈良公園の近くにも、昨年の秋、自然食のお弁当やお総菜を販売するお店が出来、私も先日利用しました。白米や玄米のお弁当の他に単品の御飯や数種類のお総菜が販売されて居り、どれも丁寧に料理されて居る様に見受けられました。全て一般に売られて居るお弁当の半分から三分の一程度の量でしたので、作って居られる方は実際に玄米食をされて居るのかも知れないと思いました。玄米弁当の内容は、玄米御飯と御数が半々程で、其の日の御数は卵焼き、牛肉の炒め物と野菜類でした。正食料理では玄米御飯と卵、牛肉と言う副食の組み合わせは有り得ないですし、又、玄米食を続けて居ると実際に玄米とお肉は合わないのが分かって来るのですが、玄米が初めてと言う方の為、又、一般受けする健康食と言うイメージ商品としての販売ならば無理も無いと思います。私は単品の玄米御飯を選び、御数は数種類陳列されて居る物の中からどれにしようかなと少し迷いました。矢張り、卵焼きや鶏肉を使ったお総菜も有りました。お野菜だけのお総菜としては、大根と厚揚げの煮物、茄子の田楽等が有り、どれも私の好物ですが、味醂を使用して甘い味付けに成って居る様な気がしましたので、菠薐草の胡麻和えを選びました。

 1月10日(水)

 正食料理 其の十四

 玄米食を始めた頃、未だ聖士會館と出会う以前の事ですが、私は、玄米菜食の料理教室に通って居た事が有ります。其処は調理実習だけでは無く講義も有りましたので、料理のレパートリーを増やしたかった事と、其れ以上に、穀物菜食が心と身体に与える意味を勉強し、宇宙の秩序を深く知りたかったので暫くの間通って居ました。知識も無く、レパートリーが貧粗だった私にとって、其処で目にしたお料理はどれも初めて目にする物ばかりで、菜食でも此程多種多彩なお料理が出来るのだと知り、私の菜食のイメージを変えてくれ、其の奥深さに感動して居ました。実習で作るお料理は何時も美味しくて、私にとっては大変なご馳走に思え、毎回楽しみにして居た物です。料理の幅も広がり、又、講義で宇宙は陰陽で成り立って居り、摂る食物に因って人間の身体も陰性、陽性に刻々と変化して行く事を学び、益々人間の身体と食物の関係を学習するのが面白く、玄米菜食を始めて良かったと思いました。其処は正食を掲げ、動物性蛋白質、砂糖や食品添加物等の不自然食品の害を謳って居ましたので、宇宙の法則に基づいた最高の食生活を勉強し体験出来るのだと希望に燃えて居ましたが、食材に魚が加わる事が有ったり、偶に、バター、卵や砂糖を使った献立の時も有り、「健康な人ならば時には良いでしょう。」との説明でしたし、私も、此も息抜きで良いのかも知れないと思って居ました。

 2,000年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 12月30日(金)

 正食料理 其の十三

 ケーキを食べた翌日から頭痛や腰の怠さと共に腹部が痛みを伴って腫れ、両乳房にもピリピリ痛みが出ました。ビームライト治療を施し、腹部と乳房には聖士會館湿布を貼り、朝は牛蒡入り果物ジュースを作って飲み、其れまで朝だけ飲んで居た玉葱椎茸昆布エキスを一日に二、三回に増やし、食事の量を普段の1/3程に減らしました。又、お風呂での腹筋運動を暫くの間行って居無かったのですが、再開した所、加速して良く成って来ました。今回、痛みを伴う程の不調を体験し、身をもって乳製品の加工品は女性の生殖器に悪影響を与えるのだと思いました。普段、健康だと思って居ましたが、此の様に具合が悪く成ると、改めて、食生活を含めた生活全般、物の考え方を見直す良い機会と成り、手当法や正食の素晴らしさを再認識します。健康を自認して居るうちに、段々、基本を忘れて自己流の生活に成り、つまり意識が低く成り、自分に甘く成って来て居る事にも気が付かなく成って居ました。回復したのは、初心に戻って自己治療法、正食の基本を忠実に行っただけですが、一番大きかったのは、自己反省をし、自分の心の見直しをした事だと思います。心に隙が出来、偽りの生活に成って居た事に気が付いた瞬間、痛みが軽減されて心も身体も非常に楽に成りました。矢張り、病気とは心の歪み其の物だと実感しました。

 12月29日(金)

 正食料理 其の十二

 食べ物に執着して居る時は、正常な判断が出来無く成って行き、特に食欲旺盛な時は要注意です。クリスマスイブの日の散歩の帰り道、二人でケーキを買いました。毎年、クリスマスには近くのケーキ屋で、一番安くて一番小さなホールケーキを買って二人で食べて居り、今年も主人の希望で何時もと同じ物を買いました。本当は、手製の正食のケーキを二人で味わえたら良いのでしょうが、ケーキまで別々の物を食べるのも寂しいと思い、私もお店で買ったケーキを戴きました。二人で一つの物を戴く事は滅多に無い事なので、此の一時は良い物だなと思いました。ケーキ自身も美味しく戴いたのは良かったのですが、私は弾みが付いて仕舞い、結局、主人の倍の量を食べ、旺盛な食欲にあきれられて仕舞いました。一時を楽しんだつもりでしたが、甘い物に対して自分の心も甘く成り、一口食べた途端、欲の方へ走って仕舞いました。始めに食べた行為よりも、其の後、歯止めが利かなかった事の方が問題でした。普段、心が正しい方向を向いて居れば、其の時間を楽しく過ごせて、一口のケーキ自身も美味しく味わえ、其れで満足して居たと思います。欲に落ちたと言う事は、自分が其の位置に居ると言う事で其処から抜け出さなければ、其処に応じた症状が肉体に現れます。其の後、体調を崩して仕舞いました。

 12月28日(木)

 正食料理 其の十一

 正食を始めてから数年経ちますが、慣れから来る気の緩みで、怠慢、我流に成りがちで、最近、集中力に欠けて居た自分に気付きました。料理中でも、食材と向き合って居らず、時間を気にしたり、未来の事、其の他の事を考えながら手を動かして居ました。心は現在に在らず・・・其れは料理に限らず、他でも心と行動が一致して居ない生活をして居ました。今、振り返ると、此はやっては成らない事で有り、知らず知らずのうちに、虚の行動に成って居た様な気がします。其の瞬間を大切にして居ないと言う事は、自分と向き合って居ないと言う事で有り、自分の本当の姿を忘れて仕舞い、傲慢に成って居た事に気付きました。人間としてどうあるべきなのか、今、現在、自分のするべき事は何か、何が一番大切なのか・・・此等のごく当たり前の事を考えると、自然に取るべき行動が見えて来ます。人間の核が心で有れば、虚の行動は核が無い故に実を結ば無いと言う事が、頭では無く身体で理解出来ました。正食とは真実の生き方其の物で有り、たとえ、形だけ其れらしく装って居ても、真実に向き合った心が伴って居無ければ正食を実践して居るとは言えず、偽りならば偽りの結果と成って現れる。此の事に気付けた事は、大変有り難いと思います。

 12月27日(水)

 正食料理 其の十

 「そんな変な物を良く食べるなぁ。」と言われて笑われるのは何時もの事なのですが、確かに、此の日も、自分が食べるのだから構わないと思い、見栄えを気にしないで作って居ました。我が家は、主人と私とでは主食、副食とも食べる物が違いますので、其其別の料理を作って居り、主人が食べないと始めから分かって居る物は、一寸手抜きに成って居るのも確かで、此の日のピザもそうでした。主人は食べないだろうと分かっては居ても、もしも、私が、食べて貰えると仮定して心を込めて作って居れば、もっと美味しそうな物に出来上がったのかも知れませんが、そうすると、結果を相手に期待して仕舞います。しかし、好みは現実に違いますので、主人が口にして、「美味しい。」と言う可能性は殆ど無く、其れが予想出来るから、寂しく思わない為に、始めから自分用だと言い聞かせて作って居り、其れが形に成って現れて来るのかも知れません。でも、矢張り、結果を期待するよりも、誰の為と限定するのでは無く、料理自身の為に作るのが良いのかも知れないと思いました。邪心を持たずに、其の時其のお料理が最高の物に成る様な気持ちで作るのが本来の道なのだと思います。其れでも、結果は同じかも知れないけれども、其れは其れで仕方が無く、相手の好みも認めてあげなくてはいけないと反省して居ます。少なくとも、言い訳を用意して料理を作る事の方が寂しい事だと気付きました。

 12月26日(火)

 正食料理 其の九

 私のピザが変な物に見えた様ですが、此の日ばかりでは無く、常日頃、私の作る料理は得体の知れ無い物だと主人には思われて居ます。屡々、私の料理を見て主人は、「其れ、何?」と聞き、私が、○○だと答えると、プーっと吹き出して笑われます。煮物や炒め物と言う明らかな野菜だけの料理は食べてくれますが、お肉を使用し無いハンバーグやコロッケ、チーズが載って居ないピザ、牛乳を使わ無いグラタン、褐色の麻婆豆腐や植物性蛋白質を使ったフライ等、擬き料理は本家と比較されて仕舞い、偽物には食指が動か無い様です。穀物菜食の料理をもっと一般的に親しんで貰う為には、洋食や中華料理の定番メニューを正食風に仕上げて身近に感じて貰うのも良い方法だと思って居ます。実際、私も玄米食を始めた頃、副食には野菜の炒め物、煮物や御浸し程度しか作って居らず、初めて擬き料理を見た時には感心した物でした。菜食と言うと、伝統的な精進料理のイメージが強かったのですが、其れに囚われ無くても良いのだと分かっただけで気が楽に成り、目の前が明るく成りました。発想の面白さに惹き付けられ、食べる楽しみが増えて、尚且つヘルシーと言う事で、菜食の良さを再認識した物でした。此の様に、外見から興味を持ち、菜食を始める人も多いと思います。しかし、主人は擬き料理は、「恐い。」と言い、此等の発想は通用せず、今の所、食べる対象には成って居ない様です。

 12月25日(月)

 正食料理 其の八

 昨夜、夕食前に、主人と一緒に近所を散歩しました。近くに、小さなイタリアンレストランが有り、クリスマス飾りの電光が綺麗でした。主人は、「本当は、今日は此処で食事をしようと思って居たのに・・・。」と言いました。そう言えば少し前に、其処で食事をしようと言って居た事を思い出しました。パスタやピザが好きな私の為に誘ってくれて居るのだと思いましたが、主人の好みでは有りませんし、私は家での食事の方が落ち着きますので、軽い気持ちで断ったのでした。私にとって外食とは、其処のお料理を味わう為と言うよりも、二人で過ごす時間を楽しむ為の物と言う意味合いの方が大きく、家で楽しい食事の時間を過ごせるならば、わざわざ外に出掛けなくても・・・・と思って居ます。もし、主人がお気に入りのお店に行きたいと希望すれば、私は付いて行きますが、其程お気に入りでは無いお店を提案した場合、其れは多くの場合、私の好みを配慮してくれての事ですが、其の場合は断る事が多いです。今年は、クリスマスイブと言っても特別なお料理は作らず、我が家では普段通りの夕食でした。私は、ピザを作って食べましたが、主人は、私の作ったピザがピザに見えないらしく、「そんな気持ちが悪い物を良く食べるなぁ。」と言いました。正食風に作りましたので、手製の生地の上に、チーズ無しの具を載せた物で、出来上がりの見栄えは悪かった様ですが、最高に美味しく戴きました。多分、主人が誘ってくれて居たイタリア料理店のピザよりも、少なくとも私にとっては美味しい物に仕上がり、私には素晴らしい御馳走でした。矢張り、家で食事をして良かったと思いました。多分、本当は主人も此で良かったと思って居ると思います。

 12月24日(日)

 正食料理 其の七

 見えない世界を信じて居ると、不思議な物や特殊な能力に関心を持ち、其れ等のグッズを片っ端からお守り代わりにする人が居ます。何をお守りにするかは人其其ですので、其れは其れで良いと思いますが、中にはまやかしも有りますので、判断力が求められる所だと思います。其の様な人達は、「不思議なパワー」と言うキャッチフレーズに弱く、文字通り、目に見えませんので、本当に其の様な力が有る物かどうかは、本人が、研ぎ澄まされた五感や第六感を持って居ないと紛い物を掴んで仕舞う事に成ります。つまり、書物や人伝に得た知識を自分の中で吟味し、体感する事無く鵜呑みにして居ると言う事と、行き詰まった世の中なので、正体不明な物の方がもしかしたら効果が有るかも知れないと言う期待感で其の様な物に飛び付くのだと思いますが、其処には他力本願の心が伺えます。其の様なオタクに成って居る人達は、ただ信じる対象が違って居るだけで、世間一般の人達が現代の栄養学や西洋医療の常識を鵜呑みにして居る姿と同じに見え、何方も頭が固いと言う点で共通して居ると思います。炊く方法を変え、ある特定の条件が揃った時にプラスαの力が生まれ、効果率の高い玄米(或いは他の食品に関しても)に変化する事は有り得る事だと思いますが、私は、普通に玄米雑穀御飯を主食にし、日々、体調に合わせた副食を摂ると言う正食を実践する事で、常時、心身共に健康を保つ事が出来ると言う事を経験して来ました。勿論、ビームライトバーコードと言う目に見えない力の援助は大きいですが、両方の食生活を体験した私が、嘗て其の玄米を食べて居た時よりも、今の方がはるかに健康を自覚して居る点からも、正食に勝る食生活は無いと思って居ます。

 12月23日(土)

 正食料理 其の六

 主食は大切で、本物の身体を作って行く為には、玄米は欠かせ無いと思います。出来るだけ多くの人達に、玄米や雑穀の良さを見直して欲しいと思って居ますので、昔、玄米や雑穀を食べた事が有るけれども良い印象を持た無かった方や、初めて玄米を食べると言う方には、なんとか美味しく食べる事が出来て、穀物菜食に親しんで貰いたい物だと思います。最近、玄米や雑穀を洋風に料理する方法が紹介されて居るのを見かける事が有りますが、美味しく感じて貰えて、其れが切っ掛けと成って、穀物菜食への関心が深まるのは良い事だと思います。私は、其の特殊な炊き方をする玄米御飯を食べて居た頃は、既に玄米菜食の生活を続けて行く事を決めて居ましたので、お肉やお魚を止めて居ましたし、「他に何を食べても影響しないから。」と言う事に惹かれて其の玄米を食べて居たわけでは有りません。確かに、其の玄米御飯は、副食が要らない程大変美味しく、玄米食を始めたばかりの私には馴染み易く、玄米に対して良い印象を与えてくれ、身近な食品にしてくれました。私の両親にも食べて貰った事が有りますが、「玄米とは思え無い程、柔らかくて美味しい。此だったら食べられる。」と言って居ました。玄米食への切っ掛けは何でも良いと思っています。やがて、其処から食物への関心を深め、自然と同調し、身体と対話した正食へ目覚めて行く為の入口に成れば良いと思います。

 12月22日(金)

 正食料理 其の五

 彼女が時々食べて居る特殊な方法で炊く玄米御飯は、丁度、玄米食を始めた頃に私も食べて居た時期が有りましたので、其の魅力は良く分かります。炊き方に骨が有り、特に炊き立ては玄米とは思えない程、白米の様に柔らかく、非常に甘味が強く、又、玄米臭が全く無く、玄米の味では無い・・・不思議な味がする、大変に美味しい御飯でした。其の玄米御飯を食べて居ると体調も良く、身体に力が沸き起こり元気で居られましたので、陽性に炊き上がって居るのだと思います。此の様に美味しく戴いて居ましたが、暫くしてから食べるのを止めました。一つの理由は、たとえ美味しくても、毎日食べるのは飽きて仕舞ったと言う事と、雑穀を入れたり、豆類を混ぜたり、炊き込み御飯にしたりと言う、日々違った調理の仕方での玄米御飯を味わいたく成ったからと言う事と、それから、此の様な食事法はルール違反なのでは無いかと思えて来たからです。四面性理論を学んで行くと、食物は、形状、色、実りの時期等の特徴から調理の仕方に因っても身体への働きが違いますし、其れ等の効用を主食と上手くバランスを計り最高の効果率を得る事が、食物の存在して居る意味を考えた場合、食事の本来の道だと思いますし、其の様に考えて料理を作ったり食事をする方が楽しく成ったからです。其れさえ食べて居れば、他に何を食べようとも構わないと言うのは、宇宙の秩序から外れる気がします。

 12月21日(木)

 正食料理 其の四

 見えない世界に惹かれ、玄米正食の大切さも分かって居りながら、面倒くさがり屋の友人が居ます。動物性食品や加工食品の怖さを其程実感して居ないからかも知れませんが、玄米さえ食べて居れば大丈夫と言う安易さがチラチラ伺え、彼女は正食と言うより、世間一般の食生活に時々玄米が加わる程度の食生活を送って居ます。玄米も、普通の玄米御飯だと力不足だと考えて居り、なんとか玄米自身を一層パワーアップさせると言う特殊な玄米御飯の方を好んで居ます。其の玄米さえ食べて居れば、他に悪い物を食べたとしても相殺出来ると信じて居ますので、副食に動物性食品も入りますし、間食には洋菓子も食べて居る様です。所詮、動物性食品や加工食品と玄米は合いませんので、彼女も玄米から離れがちで、普段は白米の方を好み、調子が悪く成ると他の物を食べず、特殊な玄米御飯だけを一日中、若しくは二、三日間食べ続けて(彼女は其の方法を、玄米ダイエットと呼んで居ます。)調子を取り戻し、「やっぱり、此の玄米はパワーが有るワ。普通に炊いた玄米御飯だとそんなにエネルギーが無いもの。」と言って居ます。其の玄米御飯には確かにパワーが有るのかも知れませんが、不調な時は、副食を控えて玄米御飯だけにする事で回復が早まりますし、彼女の場合、普段、玄米をあまり食べて居ないので、余計に効果が大きく感じると言う、ただ其れだけの事だと思います。彼女が食べて居る特殊な方法で炊く玄米御飯は、「其れさえ食べて居れば、他は何でも好きな物を食べても大丈夫。」と言うのが売り文句なので、其方の食生活の方を好む気持ちは分かりますが、私の目には、不調な時だけ特殊パワーが有ると信じて居る玄米に頼って居る姿は、一般の人達が不調な時に薬に頼る感覚と同じに見えますし、其れは食生活の大切さを理解した上での行動には思えません。

 12月20日(水)

 正食料理 其の三

 私よりも年輩の方で、正食を実践されて居る方達とお話をすると、皆さん、真面目に厳格に実践して居られるので、大変、健康そうです。時々、お話をしたり一緒にお食事をさせて頂いて居ますが、其の度に私は何時も自分の生活を反省させられます。○○が止められないと言う様な方は居らず、欲が無く、是非、私も見習わ無ければ行けないと思って居ます。私の最後の関門はお菓子でした。つい、間食でポリポリと食べる習慣から抜けられなかったのですが、最近、ようやく止める事が出来ました。主人が、何ヶ月か前から缶コーヒーを飲むのを止めて居ましたので、私がお菓子を止められない様では恥ずかしいと思い、主人を見習って私も禁食を続けて居ます。加工食品を止めると、御飯が一層美味しく感じられ、最近は、肌が透き通って来ました。たとえ、普段、玄米御飯にお野菜だけの副食と言う食事を守って居たとしても、加工食品が入った時は、肌が荒れ、身体も何とも言えない不快感を感じます。其れでも再び食べて仕舞うのは、「普段、正食をして居るから一寸位食べても大丈夫。」と言う甘い心が有り、実際、其の後で正食料理を戴くと再び快調に成りますので、不調と快調を繰り返して居り、今、振り返ると、低空飛行の正食生活だったと思います。食べた物や行為は必ず結果と成って出ますが、一番の問題は甘い心だったと思います。

 12月19日(火)

 正食料理 其の二

 私の親の世代の方達は、玄米食や粗食に対してあまり良いイメージを持って居られ無いのか、食べても、「美味しい。」と言う感想が聞かれません。私の両親も、私の食べて居る玄米御飯を見て、「昔は、こんな物を食べて居た事も有った。」と言って居ますが、柔らかい白い御飯が好きな両親は、身体に良いとは分かって居ながらも玄米を食べようとはしません。玄米、雑穀や精進料理を美味しいと言って食べる様に成って行くのは、案外、此等の料理を初めて味わったと言う若い世代の方達の様です。粗食に対して悪いイメージが無く、純粋に健康の為と思って食べるので美味しく感じるのだと思います。幼少の頃から伝統食に親しんで来て居る筈の年輩の方達が、再び粗食に親しまれる様に成ると、もっと強靱な身体に成るのだろうと思います。少なくとも、カップラーメンやお菓子で育った世代の私にとって、年輩の方達が身体の基礎がしっかりして居ると言うのは何よりも財産で有り、羨ましく思います。

 12月18日(月)

 正食料理 其の一

 テレビでチラッと生麩を作って居る映像を見ました。機械化されて居らず、昔ながらの手作りの製法で作られて居り、美味しそうだなと思いました。私は、麩はどんな物も好きですが、もちもちとした生麩も大好きです。偶に購入して戴きますが、其の映像を見て、久し振りに食べたいと思いました。未だ、生麩作りに挑戦した事は有りませんが、一度我が家でも作ってみたいと思って居ます。其のテレビの中で、蓬入りの生麩を試食された年輩の男性が首を傾げて、「此の様な物の良さが分からない。」と発言されて居ました。以前、粗食の特集が放送され、其の番組の中で、玄米御飯や精進料理の試食をされた時に、矢張り其の方が、「こんな物は、身体に良いのだろうけど、食べたいとは思わ無い。」と発言されて居ました。大変正直な方だと思います。多分、世の中の殆どの方も其の様に感じられるのかも知れませんが、其の方は、以前、生死にかかわる大病を体験され、現在は食生活に大変気を付けて居られ、日々、脂っこい物や塩分の強い物を厳格に控えて居られます。味付けや食事の量に気を付けて居られるにも拘わらず、精進料理の美味しさは感じられ無い様で、少し残念に思いました。生麩とお餅は感触が似て居ます。多くの日本人はお餅が好きで、正月以外にも食べる人は多いと思いますが、生麩は精進料理の代表の様に思われ、一般には余り馴染みが無い様です。私にとって、生麩は御馳走です。我が家では、年末あるいは年始に一度、御馳走を食べる習慣が有り、主人は毎年、お肉料理と決まって居ますが、私は、今回は生麩料理にしようと決めました。

 12月12日(火)

 母の味 其の九

 主人の御弁当には、副食(果物を含んで)を4種類入れる様にして居ます。動物性の物を一品、煮物を一品、漬け物、生野菜かさっと火を通した葉物を一品と果物と行った具合です。主人の職場の同僚の方は、御弁当を残す場合、職場のゴミ箱へ残飯を捨てて空の御弁当箱を持って帰宅されるそうですが、主人は、食べられ無い時は、残した儘持って帰ります。全部食べた場合も、残した場合でも、毎日、御弁当の中を開けて見せてから、私に渡してくれます。其れが主人の方針だそうです。昔、母が御弁当を作ってくれて居た頃、私は此程迄に、母や御弁当に対して感謝の気持ちを持って居ただろうかと思うと恥ずかしく成ります。出来るだけ主人の食べ良い物を詰めて居るのも有ると思いますが、大抵は、残さずに全部食べてくれます。普段の家での食事でも、私が主人の好みの味に仕上げられる様に成ったのも有りますが、煮物や野菜料理は、正食料理も食べますので、我が家の味にも少しは馴染んで居るのだろうと思います。其れは私も同様で、偶に食べたい母の味ですが、普段は自分の作った料理が落ち着きます。自分や家族の為に作って居るうちに、其の家の独自の味に成って行くのだと思います。多分、母もそうだったのだろうと思います。

 12月11日(月)

 母の味 其の八

 学生時代を通して、母は毎日御弁当を作ってくれましたし、社会人に成ってからも、恥ずかしながら、矢張り、私は毎日、母に御弁当を作って貰って居ました。私が社会人に成ってからは、御数は二、三種類に増えて居ましたが、私の御弁当箱は他の誰よりも大きい物で、其処に、白い御飯が八割程詰められて居ると言う相変わらず飾り気の無い物でした。主人と出会った頃、彼は私の御弁当に殊の外執着して居り、会う度に、「今日もお母ちゃん、御弁当を作ってくれたんか。」「今日の御数は何やった?」と聞いて居り、「結婚したら御弁当を作って欲しい。」とリクエストをしました。結婚して、私が主人へ初めて作った御弁当は、母が私に作ってくれて居たのと同様に飾り気の無い物でしたが、其の日、主人は御弁当の御飯を殆ど残して帰宅しました。私は、御飯と御数の配分を、八対二にしたのですが、御数が少なくて御飯が残って仕舞うとの事でした。私の実家では皆が御飯食いで、少しの御数で沢山の御飯を食べる人達ばかりでしたので、つい、主人の御弁当箱にも御飯を沢山詰めたのですが、主人は、豊富な(好きな)御数が無いと御飯が食べられ無い人だと分かり、其の後、御数の種類を増やし、現在は、御数6割に対して白い御飯を4割程度の配分に落ち着いて居ます。世の中には、御飯食いの人と、御数食いの二種類の人が居るのだと分かった事は発見でした。御数党の人はグルメ嗜好の様な気がします。

 12月10日(日)

 母の味 其の七

 中学生の時、母が作ってくれて居た御弁当は、女の子らしく無い御弁当でした。白い御飯と梅干しだけが詰められた大きな御弁当箱に、御数として、焼いた塩鮭の切り身や時には焼いた目刺しだけがアルミホイルにくるまれて添えられて居り、当時、友達から、「変わった御弁当だ。」と屡々からかわれて居ました。友達の御弁当を見ると、手製のサンドイッチやサラダ、色鮮やかな見栄えの良い御数が多種類、小さな御弁当箱に品良く盛られて居り、女の子らしく可愛らしい御弁当で、彼女達は、フォークを使って其れ等を少しずつ食べて居ました。母は毎日此の様な一品だけの御弁当を作って居た訳では無く、卵焼きや赤いウインナーソーセージが入って居る時も有り、色が綺麗で御弁当らしい御数の時も有りましたが、私の場合は大きな御弁当箱に八割程、白い御飯が敷き詰められて居り、白い部分が余り見当たらない友達の御弁当に比べると、中学生の女の子の御弁当だとは思えない物でした。でも、私は塩鮭の切り身や目刺し、前夜の残りの爪哇薯の天麩羅が好物で、其れ等一品だけを御数として御飯を食べるのが大好きでしたので、友達から変な御弁当だと言われても全く気にせず、むしろ、其の様な御数の時は喜んで居ました。

 12月9日(土)

 母の味 其の六

 私の母は、大抵、御数を一品しか作りませんでしたので、私の実家の食卓は、非常に簡素な物でした。一種類の御数を大きなお皿に盛り、其れを家族でつついて食べて居ました。お肉料理の時は、付け合わせの生野菜程度は有りましたが、焼き(煮)魚だけ、煮物だけと言う風に、母が作る副食は一品だけと言う日が多く、偶に御浸しが付く程度でした。家族全員が御飯党で、漬け物や佃煮と言った常備食が常に数種類、食卓に有りましたので、白い御飯さえ有れば、御数の質や量は余り気にし無い人達ばかりでした。以前、実家へ帰った時、父への朝食に、私が味噌汁と卵焼きを作った所、「御数は一品だけで良い。」と言って、御飯と味噌汁だけで朝食を済ませ、卵焼きを食べてくれなかった事が有りました。其の時の父の言う一品とは、味噌汁を含んで居たのでした。そして、其の日の父の昼食は、御飯と大根卸だけでした。此の様な食事は、私の主人には考えられ無いそうで、首を傾げて居ます。此の日は、極端だったのかも知れませんが、大体、此の様な物で有り、私の実家では、食卓に多くの料理が並ぶ事が有りませんので、現在の我が家よりも洗い物が少ない程でした。そんな母が作ってくれて居た学生時代の私の御弁当は、日の丸弁当に御数が一品だけと言う大変シンプルな物でした。

 12月8日(金)

 母の味 其の五

 コロッケやオムレツは、主人が子供の頃からの好物ですが、此も、最近は、主人の好みの味付けに作れる様に成りました。と言っても、具の中の挽肉を多目にして塩胡椒をたっぷりと振り、バターを使用して欲しいと言う割合に簡単な要望です。然し、要求通りに作るのはどうしても葛藤が有り、挽肉よりも玉葱を多く使用したり、バターを抜いたりすると直ぐにばれて仕舞い、「美味しく無い。」と言われます。其処で、挽肉に感触が似て居る微塵切りにした蒟蒻や雑穀を混ぜ、その分、挽肉の量を減らして作った所、全く気付かれず、「美味しい。」と言って暫くの間食べてくれて居ましたので、或る日、「蒟蒻や雑穀を入れて居るよ。」と話して仕舞いました。主人は、「え〜本当?全然分からない、美味しいよ。」と言ってくれましたが、「でも、今度から入れないで。」と釘を差されて仕舞いました。味に変わりが無く、美味しく食べられてヘルシーなら良いじゃないの・・・と不思議に思いますが、其の後、コロッケやオムレツの中を割り、箸で具を掻き出して良く観察してから注意深く食べる様に成りましたので、呆れて、今は主人の希望通りの作り方で作って居ます。「まっ・・いいか。」と半ば諦めて居ますが、ほとぼりが冷めた頃、再び、挽肉の代用品を混ぜて作るかも知れません。

 12月7日(木)

 母の味 其の四

 私が自分の育った味が忘れられ無いのと同様に、恐らく世の中の多くの人達もそうだと思います。料理の好き嫌いは有ると思いますが、味付けは自分の母親の味が一番だと思って居る人が殆どだと思います。ですから、ご主人が自分の好みの味を、時に奥さんに再現してくれる様に希望するのは無理の無い事だと思います。ご主人のリクエストの内容によって、其の方が何を食べて育ったのかが見えて来ます。大体、お袋の味と言われる物は、煮物、御浸し等の和食だと言われて来ましたが、我が家の場合、主人のお袋の味の代表はお肉料理です。主人の要望は、お肉を柔らかく仕上げて欲しい事、塩胡椒の味付けを強くして欲しい事で、柔らかいお肉を買って来て、強く味付けをすれば良いだけなので、比較的に楽です。又、先日、主人用の味噌汁にだしの素(即席調味料)を加えた所、其れまで飲んでくれなかった味噌汁も、「美味しい!毎日作って。」とリクエストされ、以後、インスタント調味料入りの味噌汁を毎日飲んでくれる様に成りました。つまり、手抜き料理をすれば、「美味しい。」と言って喜んで貰えるので、私は楽な主婦だと思います。

 12月6日(水)

 母の味 其の三

 母の手料理で、鰈の煮付け、菠薐草の卵とじの他にも、昔から私の好物だったけれども、長い間食べて居ないお料理は幾つか有ります。昔は、マヨネーズを塗したマカロニポテトサラダも好きで、大きなボウルに一杯作って貰って三日間程毎日食べて居た物でした。もし、私が正食を行って居無ければ、此等のお料理を今でも我が家で作って居る事だと思います。私は正食の道を選びましたので、鰈、卵、マヨネーズと言った食材を使ったお食事をする事を止めました。お陰様で、普段は、此等のお料理を思い出す事も、食べたいと思う事も有りませんが、実家へ帰った時は、母の手料理を食べたいと思いますし、其の様な時は、此等の好物だった物を味わいたいなと思います。でも、実際、もう何年も食べて居ません。実家でも、つい、動物性の食材は避けて仕舞いますし、母も私が正食をして居るのを知って居ますので、お野菜中心の献立にしてくれます。でも、何時の日か、此等の料理を作ってもらおうかなと思って居ます。

 12月5日(火)

 母の味 其の二

 やせうまの麺を野菜等の具と一緒に味噌汁の中に入れたのが団子汁で、此も両親の里の郷土料理ですが、味噌仕立てでは無く、今回、醤油ベースの出汁に入れて饂飩風に初めて作ってみましたが、此も美味しく仕上がりました。手延べの麺作りの作業も、両親程に上手く出来ませんが、自分で伸ばした麺も味わいが有り、美味しいと思いました。此の醤油ベースの味は、私が正食風に作ってみた物で、母は醤油ベースで作った事は無く、たとえ作ってみたとしても、母だったら此の様な味には仕上げ無いと思います。母は、レパートリーが多い方では有りませんでしたので、母の作るお料理の味は今でも全部覚えて居ます。私は、子供の頃、しょっちゅう風邪を引き、良く寝込んで居ました。一度風邪を引くと、食欲が全く無く成るのですが、そんな時、母は鰈の煮付けと菠薐草の卵とじを良く作ってくれて、此の二つは、食欲が無い時でも食べられて居ました。私が寝て居る時、母が此等を作って寝床に持って来てくれると、とっても嬉しく、お料理も大変美味しく感じ、ペロッと食べた物でした。食欲が無い筈なのに食べられるのが嬉しくて、自信が持て、前向きな気持ちに成り、風邪に負け無いぞと思った物です。其の時の味は、今でも良く覚えて居ます。此の二つのお料理を見ると、此等の味と共に風邪で寝て居る時の事を思い出します。鰈の煮付けも、菠薐草の卵とじも、長年食べて居ません。両方とも好物では有りましたが、レストランでは食べたいと言う気が起こりません。其れは、お店のお料理は母の作る物とは違う味だと想像出来るからです。だからと言って、我が家で、自分で作ろうとも思いません。多分、それなりに美味しく出来るとは思いますが、母の味の再現には成ら無いと思います。私が食べたいのは、母が作ってくれる鰈の煮付けと菠薐草の卵とじなのです。母の作る料理は正食料理では有りませんが、大変美味しく感じ、忘れられません。多分、其れは母が作る物だからだと思います。

 12月4日(月)

 母の味 其の一

 初めてやせうまを作ってみました。私の両親の里の郷土料理で、手延べの麺に黄粉を塗して戴くおやつで、子供の頃、両親が時々作ってくれた物です。当時は、おやつなら市販の御菓子の方が美味しいと思って居ましたので、此の様な田舎っぽい手作りの和風のおやつは好きでは有りませんでした。子供のおやつにしては此はお食事の様にどっしりとして居り、御腹が膨れましたし、お餅が嫌いだった事も有り、もちもち感の有る此の食べ物が苦手でした。子供達が好ま無いので、母も作ら無く成り、ずっと長い間食べて居ませんでしたが、今回、初めて自分で作って食べてみて、大変美味しいと思いました。薄力粉を水で練って寝かせて手延べの細長い麺を作り、熱湯で茹でて黄粉を塗して戴くと言う簡単に作れる食べ物です。自分の手で良く捏ねて作りますので、市販の物では感じられ無い美味しさを味わえますし、麺棒や包丁等の道具を使わずに手延べをするので、一般の麺とは違ったもちもち感が出るのだと思います。又、薄力粉で薄い麺に仕上げた事も有り、つるんとした軽い口当たりが、おやつには最適だと思いました。其の上、黄粉の効果か、或いは自分の想いを込めて練り上げた麺だからでしょうか、食後に活力が出て来ました。子供の頃は嫌いだった此の食べ物ですが、其の美味しさを感じる事が出来て良かったと思いました。伝統料理は、其処に込められた深い意味が有ると思います。郷土料理は、特に其の土地の風土に適った物で有り、時代が変わっても受け継いで行きたい物だと思います。父も母も、子供の頃から此の食べ物を食べて育ったのでしょうが、私や妹が食べ無いので、母は二十年以上作って居ません。やせうまの美味しさに目覚めた私は、其の後も時々、此を作って食べて居ます。今度、私が作った物を両親に食べて貰いたいと思いました。

 12月2日(土)

 私のお気に入り 其の十二

 三年程前に買った初めてのパソコンです。ビームライトソフトが内蔵されて居り、当時は、空間を波動が飛び、治療、検索が出来、バーコード化され印刷も出来るのが「凄い!」と大変魅力を感じて購入しました。ビームライトソフトは其の後もどんどん改良され、更新の度に使い易く成って居ます。最近は、ビームライトプログラムの進歩に因り、一太郎を使ったデータ処理が大変使い易く成りましたので、此のパソコンの使用率も減って居ます。此を購入する迄は、日常生活の中でビームライト理論を殆ど活かして居ませんでしたが、更新されるデータをパソコンを使ってリアルタイムに入手出来る様に成った事は大変有り難く、其れまで難解だったビームライトの世界がより身近に成り、私の生活が大きく変わりました。

 12月1日(金)

 私のお気に入り 其の十一

 木製の俎板は、三ヶ月前に購入しました。其れまでは樹脂製の物を使用して居ましたが、全く使い心地が違います。鉄の包丁との相性は抜群で、素材と包丁と俎板との一体感を感じます。此の感触は、其れまで感じ無かった物です。鉄の包丁は聖士會館で購入した物と、料理長から戴いた物です。三年程前から使用して居ますが、大変使い易く、鉄の包丁を持つと、身体が喜ぶのが分かります。私は、切れ味が悪く成ってからやっと研ぐと言う無精者ですが、料理長は毎回研いで居られると伺って居ます。毎食後に必ず研ぐと言う習慣は、是非、身に付けなければと思って居ます。

 11月30日(木)

 私のお気に入り 其の十

 正食を始めた頃は無水鍋で玄米を炊いて居ましたが、豆等を一緒に炊く場合に不便でしたので、此の圧力鍋を購入しました。矢張り、圧力鍋で調理した方が身体効果率が良く、御飯も美味しく炊き上がります。此の圧力鍋は3リットル用ですが、私が炊くのは毎食1/4合の玄米ですので、手前のパイレックス(大きく見えますが、実際は内径15pの小さな容器です。)に洗った玄米を入れ、其れを圧力鍋に内釜としてセットして炊いて居ます。御飯を炊く以外に、簀の子を入れて蒸し器として使用する事も有り、毎日フル回転して居ます。私の手持ちの調理道具はどれも愛着が有りますが、圧力鍋は特に私の中では神聖な物として位置付けて居る様な気がします。圧力を掛ける場合も原則として、豆類、穀物類に限り、其の他、絶対に動物性の料理には使用しない様にして居ます。

 11月29日(水)

 私のお気に入り 其の九

 我が家でフライパンと呼べる物です。大きく見えますが、実際は円形の物が直径12pで、手前の蓋付きのステンレスの物は9p×15pと、とても小さいです。此の他に我が家には中華鍋が有り、其れ等で炒め物を賄って居ます。直径20pよりやや大きめのフラットなフライパンが欲しいと思う時も有りますが、殆どは中華鍋で出来ますし、此等の小さな物も、御弁当の御数を作ったり、少量の炒め物や胡麻を煎ったりする時等、少人数の我が家では使い道が多く、毎日使用して居ます。テフロン加工のフライパンも便利だろうなと思いますが、鉄の感触が好きなので、なかなか其れ以外の素材の物は買う事が出来ずに居ます。

 11月28日(火)

 私のお気に入り 其の八

 私が十年以上前から愛用して居るハンドジューサーです。上の投入口から野菜や果物を入れ、右手のハンドルを回すと、中は、昔の二槽式洗濯機の脱水の様に二本のロールによって投入された物が押し潰されて左から出て来ます。其れをガーゼで漉してジュースとして飲んで居ます。ジュース作りには、此の他にも、ミキサーに掛けたり卸し器で擂り卸して作る時も有りますが、野菜、特に葉物を混ぜる時には、此のハンドジューサーが便利です。

 11月26日(日)

 私のお気に入り 其の七

 此のお鍋とのお付き合いは長く、正食を始めると同時に購入した物です。多重構造の厚みの有る鍋で、熱効率が良く、無水調理、蛍火での調理が出来ますので、煮物を作る際に出し汁、調味料が少なくても美味しく仕上がります。私は、落とし蓋を使用する事が滅多に有りませんが、味が良く煮含まります。我が家の鍋は殆どが此のタイプで、作る量によって使い分けて居ます。此は内径14pの一番小さな物で、少人数の我が家では一番使う頻度の高い鍋です。圧力鍋を購入する前は、此の鍋で玄米を炊いて居ました。現在は、此で白米を炊いて居ます。我が家には、やかんやポットが有りませんので、お茶、コーヒーや紅茶等を飲む際の少量のお湯を沸かす時は此を使用しますし、其の他、野菜を茹でる時、インスタントラーメンを作る時、少量の煮物、汁物、揚げ物等料理全般に使用して居ます。蛍火で調理をする為、火に掛けて居る事を忘れて仕舞う事が偶に有ります。以前、夜に翌朝の御弁当の御数を此の鍋で作って居て、調理して居る事を忘れて寝て仕舞った事が有りました。朝、気が付いて火を止めた時は、鍋の中の食材は炭状態で、鍋の焦げ付きも酷かったのですが、クレンザーを使用する事も無く、焦げ付きが綺麗に落ちました。其の他、長時間の空焼きも数回経験して居ますし、可成り痛手を受けて居る鍋ですが、有り難い事に機能的な衰えは無く、今後も長いお付き合いが続きそうです。

 11月25日(土)

 私のお気に入り 其の六

 韓国物産展で購入した石製のプレートです。我が家はフライパンが小さな物しか無く、御好み焼きや餃子を焼く時に使用しますが、火の当たりが柔らかで、優しいお味の大変美味しいお料理に仕上がります。ガスコンロの上で半調理をした後、火を止めてプレートの儘食卓へ運んで来てお料理を戴きますが、保温性も抜群で、お食事が終わってもまだプレートは温かいです。焦げる事も有りませんし、傷も付き難くお手入れも簡単なので、大変気に入って居るのですが、十分に熱せられる迄に時間が掛かりますので、最近では、つい、電気のプレートの方を使用する事が多く成って居ます。

 11月24日(金)

 私のお気に入り 其の五

 私の大切な収納棚です。少し分かり難いかと思いますが、一番上のスペースは、コーヒー、ココア、番茶、緑茶等の嗜好品で、一番目の引き出しは薬草茶やハーブ類を各種、二番目の引き出しは、薬草茶の残りと胡麻やナッツ類、三番目の引き出しは、数種類の雑穀を置いて有ります。四番目の引き出しは紅茶で、次ぎは頭しか写って居ませんが、豆を種類別に瓶詰めをして収納して居ます。写って居ませんが、其の下に、白米、玄米と芋類を少し収納して居ます。毎日、十回以上は彼方此方の引き出しを開け閉めして使用して居ますが、此の棚を購入したのは一年程前で、其れまで、狭い台所の一体何処に此等を収納していたのだろうかと不思議に思って居ます。

 11月23日(木)

 私のお気に入り 其の四

 胡麻擂り専用の小さな擂り鉢と、アジアの雑貨が置いてあるお店で見付けた擂り鉢です。エスニック風の物は溝が有りませんが、急勾配に成って居り、擂粉木との相性も良く、綺麗に潰す事が出来ます。蒸かした芋や南瓜等を潰したり、和菓子を作る際に蒸かした餅粉や御飯を搗く場合に、力が要らず簡単に出来ますので使用して居ますが、カレーの香辛料を潰す用途に最も多く使用して居ます。ただ、香辛料の香りが擂り鉢に付きますので、もう一鉢欲しいと思って居る所です。

 11月22日(水)

 私のお気に入り 其の三

 私は昔から囲炉裏に対する憧れが有り、其の延長で鉄鍋が欲しくて最近購入した物です。此の鍋で作ると、煮物の口当たりが軽く成り、柔らかく仕上がります。人参や南瓜等の色落ちも無く、鮮やかな色の儘お料理が出来上がります。鉄製なので、油炒めも出来ますので、炒め煮やスープ・ポタージュ作り等に使用して居ます。蓋も重く、厚みの有る鍋なので、熱の伝導も良く、弱火でも短時間で美味しく出来ますので大変気に入って居ます。割れる心配が無いのも私にとっては有り難いですが、錆び無い様に、お手入れをキチンとする様にして居ます。

 11月21日(火)

 私のお気に入り 其の二

 日本の土鍋も大好きです。此からの季節は特に活躍しますが、我が家では、四季を問わずに使用して居ます。二人家族なので、六号の物が使い勝手が良く、御味噌汁やお粥を作ったり、出汁、スープをストックしたり、玄米スープを入れて置く為に使用したりとフル回転して居ますが、割る頻度も高く、ほぼ毎年買い換えて居ます。私は最近、此の土鍋を使った湯豆腐に填って居ます。豆腐の他に、葱、菊菜等のお野菜も入れるのですが、醤油と戴き物のかぼすで作った自家製の垂れに付けて美味しく戴いて居ます。私は、菊菜が苦手なのですが、お鍋料理だと食べられますので、菊菜は此の様な戴き方をする事が多いです。我が家では、時々手打ち饂飩を作りますが、私は味噌煮込み、主人は一般の醤油ベースの出汁で戴くのがお気に入りです。昨夜も主人の為に手打ち饂飩を作りました。主人も、何時ものお椀より、此の様な土鍋で鍋焼き饂飩風にして戴く方がより美味しく感じる様で、喜んで食べて居ました。

 11月20日(月)

 私のお気に入り 其の一

 最近、焼き物に惹かれます。焼き物の急須、湯飲み、茶碗、器、鍋等がお店で陳列されて居ると、つい足を止めて眺めます。特に人の手で作られた一点物は味わいが有り、見入って仕舞いますが、「良いなぁ。」と思う物は高くて手が出ません。見取れる物と実際に購入する物は違って来ます。アジアの雑貨も好きで、お店に時々出向きますが、其処で見付けた素焼きの鍋が大変気に入り、購入した物です。此でお茶を沸かすと、粒子が細かく成るのか、大変軽い口当たりの軽い美味しいお茶に成りますし、白米も此で炊いて居ました。御飯もふっくらと柔らかく甘味が出て、大変美味しく炊き上がりますので、此の鍋は幾通りにも活用して居ましたが、割れ易いのが難点の様です。水気が付いて居た為か、強火で使用した為か、直ぐに罅が入って割って仕舞い、実は此は二代目です。割れるのが恐くて、最近は、専ら、前夜に干し椎茸と昆布を浸して置く為の容器として使用して居り、火に掛ける事は少無く成りました。時々、お味噌汁を作るのに使用して居ますが、美味しく出来上がります。

 

 11月18日(土)

 同窓会 其の八

 皆さんは私の事を勿論旧姓で呼びますし、過去の私としての参加を求めます。思い出話に花が咲き、私が忘れて居た様な出来事も熱く語ってくれました。昔と同様、皆さんの熱意が良く伝わって来ましたし、此の様な仲間達の存在は貴重な財産だと思います。皆さんが、余りにも変わって居られ無かったので大変嬉しかったのですが、少々変な感覚でした。容貌も、盛り上がる内容も昔の儘の集まりの中に有って、現在の自分が過去の状況を第三者として映画のスクリーンを見て居る感覚でした。遠い日の出来事を再生し、其の中に参加して居る自分を発見出来ず、現在の自分の視点で過去のビデオレターを見終わった感覚で、其の事に因り、胸の奥に有った思い出が上書きされました。二十世紀が終わろうとして居る今、突然戴いた同窓会のお話は、自分にとってどんな意味が有るのだろうかと思って居ましたが、参加した事に因って、やり残して居た事を完了させた様なすっきりとした気持ちに成りました。現在が変わると過去も変わり、過去も此の同窓会も私には大変良い思い出と成りました。此の様な貴重なビデオレターを持って居られるのは有り難い事です。家に帰ると、先に帰宅して居た主人が、「お帰り。楽しかった?」と聞いてきました。其の瞬間、私は観客としての自分では無く、現在進行形の出来事に参加する事が出来ました。私が用意して置いた薩摩芋のデザートや二杯分のコーヒーが空に成って居るのを見た時、現在の自分の存在を必要としてくれる所、自分の居場所に戻って来られた安心感を覚えました。

 11月17日(金)

 同窓会 其の七

 「いいな。御馳走を食べられるからいいな。」と主人は羨ましそうでしたが、会場がごく普通の居酒屋でしたので、「居酒屋だから、御馳走なんか出無いよ。」と言って置きました。でも、特別な御馳走では有りませんでしたが、お酒を始め、私が普段食べ無い物が並びましたので、私は気分転換に成りましたし、久し振りに居酒屋の雰囲気も味わう事が出来ました。私は烏龍茶を飲みながら、サラダやお魚等を戴きましたが、お酒を飲ま無いと、御飯が美味しく感じます。最後の方で出された御飯、多分、そば飯と言うのでしょうか・・・焼きそばの中に白米を混ぜてチャーハンの様に炒めてソース味を付けて居るのですが、此を私は初体験でしたが美味しく戴きました。ただ、ラードの味がしました。普段、動物性食品を食べて居無いと、動物性の食材が少量使用されて居ても其処だけ強調された味で、動物臭を感じ、パンチを受けた様に味が濃く思えるのですが、毎日摂取して居る人は、此の感覚が麻痺して段々摂取量が増えて行くのだろうと思います。和食はあっさりして居ると言われますが、一般的には動物系の出し汁を使用して居ますので、正食をして居る人が戴いた場合、薄味ながらも濃厚な、別の世界の味に感じます。私の母の作る味噌汁は、非常に薄味では有りますが、炒り子(煮干し)を使用して居ますので、私には魚臭が濃く思えます。世間一般の洋食では、食材がお肉の上に、出し汁としてブイヨンを長時間煮詰め、仕上げに生クリームや牛乳等の乳製品も加えると言う連続パンチで、其処までし無ければ旨味を感じ無いのだろうかと不思議に思います。会場が、高級なレストランでは無く、庶民的な居酒屋で良かったと思いました。嘗ての上司が、デザートのパイナップルを取ってくれましたが、見ただけで寒気がしましたので私は丁寧にお断りをしました。殆どの方とは、ほぼ十年振りにお会いしたのですが、皆さんの外見は全くと言って良い程変わって居られませんでした。もっと容貌が変化して居るだろうと思って居ましたが、ほんの少し太ったかなと思える程度で、其れでも殆ど体形や髪型さえ昔と変わり無く、肌の艶も良く、此の十年の間に定年を迎えられた方、そろそろ定年だと言う方も居られますが、昔と同様、健康そうで安心しました。たった一人、私が勤めて居た頃、何時もアドバイスをしてくれて大変御世話に成って居た方の風貌が昔と違って居るのが気に成りました。昔は血色も良く、太って居り何時も笑顔の方でしたが、痩せて顔の色も土の様で声色も変な響きで、形相が変わって見えましたので、私は帰宅後、一太郎で其の方のデータベースを作製しました。私の気の所為で有れば良いと思います。

 11月16日(木)

 同窓会 其の六

 昔は私も毎日コーヒーを飲んで居ました。食後には必ず飲みましたし、職場の仲間とお金を出し合ってコーヒー豆を購入し、仕事の合間にリラックスタイムと称してコーヒーを立て、お喋りをしながら、また、時には一人で気分転換にと、一日の間に数回は飲んで居ました。食後の一杯は美味しいですし、仕事で疲れた時、ホッと一息つきたい時にほろ苦いコーヒーを飲むと落ち着いた物でした。正食を始めてからは玄米食とコーヒーは合わず、今では全く飲ま無く成りましたが、コーヒーは洋食や油を使った料理によく合いますので、今でも外食をするとコーヒーの味を思い出します。以前、家で飲んだ時、クラクラっとして急に眠く成った事が有りました。よく、コーヒーはカフェインの効果で目が覚めると言われますが、肉食をし無い人がコーヒーを飲んだ場合、身体が非常に陰性に傾きますので、其の為にクラクラっとしたのだと思います。コーヒーはケーキ等の洋菓子のお供だと言う事を考えてみても、肉食の人の飲み物だと思います。主人はコーヒーが好きで、食後には必ず飲みます。以前は、職場で昼食後は自動販売機で缶コーヒーを買って飲んで居ましたが、一、二ヶ月前に辞めたそうです。缶コーヒーは砂糖がたっぷりと入って居ますし、砂糖以外の薬臭も感じますので身体に良く無いと自覚し、今では全く飲んで居無いそうです。此迄も、何度も辞めようと試み、長続きし無かったのですが、今回は不思議と決心が固く今の所続いて居ます。毎日摂取する物は、身体に大きな影響を及ぼしますので、缶コーヒーを辞めてくれただけでも私は少しホッとして居ます。其の代わりと言う訳では有りませんが、我が家で飲むコーヒーは格別美味しいそうで、食後には必ずコーヒーを欲しますし、休日には何度も飲む事に成ります。主人は、自分で作ると苦くて美味しく無いと言い、家では必ず私が作ります。最近は、私は休日でも朝早く起床しますが、以前は、日曜日に遅くまで寝て居ると、先に起きた主人がコーヒーを飲みたいが為に私を起こしに来た物です。多分、主人が作ると、欲張ってコーヒー豆を沢山入れて仕舞うから苦く成るのだと思います。私が家を留守にする時は、何時も分量のコーヒーとコーヒーカップを用意して出掛けます。此の日も、主人は、「出掛ける前に、コーヒーを用意して置いて。」と言いましたので、私は、コーヒーメーカーに二杯分のコーヒー豆、分量の水をセットし、二皿のコーヒーカップに砂糖、クリームを用意して出掛けて行きました。

 11月15日(水)

 同窓会 其の五

 最近、主人は薩摩芋がお気に入りです。副食として料理もしますが、何方かと言えば、薩摩芋をデザートとして食べたい様で、「スイートポテトを作って。」とリクエストをします。私は御菓子作りが得意では無く、特に洋菓子は苦手ですし、出来れば主人にも乳製品がたっぷり入った洋菓子は食べて欲しくは有りません。そこで、柔らかく煮た薩摩芋に甜菜糖やメープルシロップを吉野本葛でとろみを付けて餡にして絡めた所、主人は大変気に入り、毎日食べて居ます。甘味を付けるのはどうかと思いましたが、それで薩摩芋を食べて貰えるのなら仕方が有りません。本人は、薩摩芋の御陰で最近は便通が良く、身体の調子も良いと言って居ます。同窓会は夕方六時半から始まりますので、出掛ける前に主人の夕食に何を作って置こうかと思案して居た所、主人は、「外で食べて来るからいいよ。」との返事でした。主人にもお気に入りのお店が有り、其処で食事をしようと思って居る様でした。主人は、普段は家での晩ご飯を楽しみに帰宅しますが、時々、仕事が終わった後でウインドウショッピングをし、喫茶店でコーヒーを飲んでのんびりと一人の時間を過ごす事もストレス解消に成ると言って楽しみとして居り、偶には一人でお気に入りのレストラン、其の多くは小さな中華料理店やカレーショップなのですが、其処で好きなお食事を一人で味わって帰宅する事も有ります。此の日も、其の中のお店の一つで一人で優雅な時間を過ごそうと計画して居る様で、私は少し助かりました。当日、職場から主人が電話を掛けて来て、「薩摩芋の甘いヤツを作って置いて。」と言いました。外食を楽しんで帰宅した後、家でデザートを食べる事を思い出した様でした。

 11月14日(火)

 同窓会 其の四

 主人は、毎日帰るコールをしてくれます。職場を出て駅に到着した時点で、公衆電話から乗る予定の電車の発車時刻の連絡を入れてくれるのですが、此は結婚当初から変わって居らず、私は大変助かって居ます。利用して居る電車は本数が少なく、乗りそびれると三十分間待たねば成らず、電話をくれて居る間に乗りそびれて仕舞う事も屡々ですが、其れでも必ず電話を入れてくれます。其の時に大抵、「今夜の御数は何。」と聞いて来ます。私は必ず主人の好物を言う様にして居り、電話の向こうで大変喜んで居るのが分かります。此の様に、お酒を飲ま無い主人は、家での晩御飯を何時も楽しみに帰宅します。主人と知り合った時に私は、「お酒は好きですか。」と聞いた所、「全く飲めません。」と言う返事だったので大変驚き、暫くは表情が固まって仕舞った事が有りました。私の職場の男性の中でお酒を飲め無いと言う人は居らず、サラリーマンは仕事上お酒を飲むのが当たり前だと思って居ましたので非常にビックリしましたが、お酒が介入し無い時間の過ごし方が新鮮で大変落ち着き、「こんな時間の過ごし方はいいなぁ。」と思う様に成り、此を切っ掛けに私は仕事が終わってからも同僚達と居酒屋へ行く事が無く成りました。私は屡々友達から、「お宅はお酒を飲ま無いから、夕食の準備が簡単でいいね。」と言われます。ご主人が晩酌をされるお家では、先ずお摘みの用意をして可成り時間を経て最後に御飯なので、食事の時間も長く成り、用意や後片付けも大変だと聞いて居ます。我が家は確かにお酒の準備は不要ですが、帰るコールの際に主人が、「○○が食べたい。」と言えば急遽予定を変更して再び買い物に走りますし、帰宅してから急に「○○の方が良い。」と言えば矢張り其処から再び調理をする事に成りますので、何時も夕食の時間は遅く成りますし、二人だけの食卓とは思えない程洗い物は多く成ります。味付けの注文も厳しいので、口に合わ無い時は直ぐに顔に出ますし食べてくれませんが、反対に大変気に入ってくれれば非常に幸せそうな顔をして食べます。リクエストに応えるのは難しいと頭を抱える事も有りますが、此は嘘の無い世界だからかも知れません。人によってどの様な道を歩くのかは様々です。私は正食の道を選び、其の選択が間違いでは無かった事を確信して居ます。真実で有れば、最終的には多くの人達が目指す所でも有りますが、其の選択の時期、切っ掛けは其の人の準備が出来次第と言う事に成ります。家での食事を楽しみにして居る主人の希望を適える事が先ずは私の役割なのだと、同窓会へ向かう途中、駅の公衆電話を見た時に改めて思いました。

 11月13日(月)

 同窓会 其の三

 主人の職場の上司に可成りお酒が好きな方が居られ、時々主人は仕事が終わってから誘われます。何処かのお店に行く場合はまだ良いのですが、御歳暮等の戴き物のお酒が職場に有る時には職場が宴会場に成るそうで、其の場合、お酒は有ってもお摘みらしき物が無い為、飲め無い主人は困って居ます。然し、其の方に限らず主人以外の職場の男性達は宴会を好み終業後の一杯が堪ら無く美味しいそうで、一杯に止まらずお摘み無しで延々と盛り上がり、主人は帰るに帰られず何も食べ無いのでたった一杯のビールでも酔っぱらって帰宅します。仕事が終われば一刻も早く帰宅したい主人は、「みんな、家に帰りたく無いのかな。」と不思議そうです。私も昔は同じ様な体験が有りますので、寧ろ其の上司の方の気持ちが良く分かります。家に帰りたく無いと言うよりも飲む事が好きで、何処かのお店に行くよりも手軽な上、仲間達だけで盛り上がれるので終業後の職場での一杯は大変美味しい物です。其れに、お酒が大変好きに成ると、空腹時程お酒が美味しく感じますので、飲む時には余り食べ物を摂ら無く成ります。主人はお付き合いで居酒屋へ行く場合、飲むと言うよりも寧ろ食事をする感覚で付いて行って居るそうで、主人が其処で御飯類を食べると皆から笑われるそうです。お酒のお摘みには油物や塩気の有る物が良く合い、其れ等を少量摂る事に因って更にお酒が進みますが、御飯や麺類を食べると酔いが醒め、お酒を飲むペースがダウンします。ですから、お酒が大変好きに成ると御飯類を食べ無く成りますし、其の内に副食も減って来てお酒が主食で少量のお摘みが副食に成って仕舞い、大変危険です。此の様な点からも、矢張り、穀物と言う主食は幻の世界から現実の世界に戻し、正気にさせてくれる有り難い食物だと思います。私は其の上司の方に一度お会いした事が有りますが、お酒が好きだと聞いて居ましたので、もっとがっしりとした如何にも陽性の体格をして居られるのだと思って居ましたが、実際はスリムで色が青白く、典型的な冷え性の女性っぽい体形をして居られ三白眼でした。此の様な体形の方が、此の儘お酒を飲み続けるのは大変危険だと思いました。聞く所によりますと、其の方には休肝日と言う物が無く、家でもお酒が無いと夕食が進ま無いとの事で、勿論夕食と言っても御飯は全く食べず、お酒が御飯代わりとの事です。最近は職場に戴き物のお酒が無い為か、主人は誘われる事も無く何時も真っ直ぐに帰宅しますので、久し振りに其の方の近況を訊ねた所、「相変わらず家では毎晩の様に飲んで居るが、最近胃にポリープが発見されたそうだ。」と言って居ました。

 11月12日(日)

 同窓会 其の二

 居酒屋へ行く機会が多かった事も有って、昔は沢山お酒を飲んで居ました。回数を重ねるに連れて量も増えて行きますし、接する世界も変わって来ます。当時は未だ若く、何でも興味津々だった事も有り、環境の変化も喜んで受け入れて居ました。お酒が入ると食べる物も変わって来て、動物性食品が美味しく感じられる様に成りますし、段々摂取量が増えてお酒其の物を美味しく思える様に成ると、主食が欲しく無く成る上に、お摘みすらも余り食べ無く成って行きました。此の様に成って来ると身体にとっても良く有りませんし、幻の世界の虜に成って居る訳で大変危険です。幻の世界に浸って居る時は気持ちがハイで居られますが、現実に戻れば急激にトーンダウンし、自分は何方の世界を好むのかと改めて考えた時、身体の為と言うよりは、地に足が着いた生活の方が真に安らぐのだと言う事に気付きお酒の摂取も控える様に成りました。正食を始めてからは、例えば家でお酒を戴く場合はお摘みは植物性の物ですから沢山飲めませんし、非常に陰性に成りクラクラしますのでお酒も敢えて欲しくは無く成ります。以前、お付き合いで、何かの送別会に呼ばれ、周りの雰囲気も手伝い調子に乗って沢山飲んだ時、目の前のチキンを食べて仕舞った事が有りました。普段、お酒が入ら無ければ、家でもたとえ外食先でもお肉料理に箸が伸びる事は有りませんが、アルコールが沢山身体に入り非常に陰性に傾いた時は本能的にお肉を求めた様で、其の時はチキンが美味しく感じられました。アルコール度数が高い物を飲んだ時は、チーズ等が欲しく成りますし、此の様な事が度々続けば、動物性食品を食べてもアルコールで帳消しをすれば良い事を身体が覚えて仕舞い、食生活が崩れて行く危険性が有ります。幸い、今ではお酒を飲む事は殆ど無く成りましたし、たとえ戴く場合でも現実の世界に止まって居られます。其の日、会場でお酒は全く飲みませんでしたが、たとえ飲んで居たとしても当時の状況の再現には成ら無かったと思います。矢張り自分は現在の自分として談笑して居り、其の事で自分の胸の奥に残って居た想いを書き換える事が出来た様です。

 11月11日(土)

 同窓会 其の一

 同窓会に行って来ました。同窓会と言っても学生時代の物では無く、嘗て勤めて居た職場の同窓会で、現在も在職中の人達に加えて私も含めて既に辞めた人達も集まっての同窓会と言う大変珍しい物でした。嘗て矢張り此の職場の同窓会を行い、女性だけで現役の人とOGが集まった事が有りましたが、今回は女性のみならず嘗ての私の上司、同僚と言う顔見知りの人達や、私が入社する以前に既にOBと成られて居ると言う方達も集まっての幅広い年代の大変懐かしい集まりでした。聞く所によると、現役の人達と辞めた人達は常に交流を持って居り其れが大きく成って全体での同窓会をしようと言う話しに成ったそうで、此の事を聞いた時は嬉しく思いましたが、彼の会社なら有り得ると思いました。其の職場で働いて居た頃、仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切る事が出来ず、仕事は私の生活の殆ど全てでしたが、其れは私だけでは無く当時の職場の人達もそうでしたし、もしかしたら世間全体がそうだったのかも知れません。お給料と言う枠を超えて、皆が仕事其の物が好きで仲間意識も強く持って居ると言う古き良き時代の風潮が残って居たと思います。当時は皆が心に熱い物を持って居り、だから仕事を終えた後も同僚や上司達と場所を変えて、其の多くは居酒屋でしたが、再び長時間本音で語り合うと言う事を連日繰り返して居ました。今でも其の会社の名前を聞くと胸に熱い物が走り私の良い青春時代でしたが、又、私がお酒を覚えて食べ物の嗜好も変わり、体形、体調が変わって行き、良かれ悪かれ私が大きな影響を受けた時代でも有ります。其の職場を辞めてから十年近く経ち、私の生活も物の考え方も大きく変わった今、当時の人達と再会した時どんな自分に出会えるのだろうと興味を持って出掛けて行きました。同窓会の会場が居酒屋だと言うのも我々を象徴して居ましたが、矢張り懐かしい人達と顔を合わせると一瞬でタイムスリップし当時の感情が身体中に溢れ、瞬間過去の自分に戻って居ました。当時、苦労も成功も分け合った同僚達や上司は特別な存在で、再びお話が出来ると言う幸せを感じて居ましたが、其の内矢張り現在の自分が現れて冷静に成って居ました。其れはもしかしたら此の日、私がお酒を全く飲ま無かったと言う事も理由の一つなのかも知れません。

 11月10日(金)

 お土産 其の七

 久し振りに其処のパンを食べて味を占めた主人は、其れから朝食にパンをリクエストする様に成り、私も再び其のお店迄買い物に行く様に成りました。主人の好きなチョコチップスパンやストロベリーのパンは、朝食として食べたり夕食後の甘味として少し食べるのが主人は好きです。其処のお店に行ったのは久し振りで、矢張り美味しそうなパンが沢山並んで居ます。お店に入った瞬間、パンの発酵の良い香りで嘗て私も魅了されて居た其れ等の味を思い出しクラクラっとしましたが、今回は思い出しただけで実際に食べたいと言う気持ちは起こりませんでした。私は主人の好物のパンを二個と食パンを買いました。主人は私が買って来たチョコチップスパンを朝食で食べた時矢張り少し残しましたが、私は其れを摘みませんでした。私にとっては大きな進歩です。そして最近、またまた主人は御萩を手土産に帰宅しました。普段買って帰る駅の構内の出店の物では無く、見た所、おやっと思わせる程外見は美しく丁寧に作らたのだろうと思われる美味しそうな三色御萩でした。百貨店で購入して来たとの事で、多分上品なお味で美味しいのだろうと思います。然し、最近は身体が欲しく無いと言う訴えを顕著に出して居ますので私も其れに従い、「私はもう食べないよ。」と言って冷凍庫へ入れました。主人は、生物なので其の日の内に食べる事を勧めましたが、私は自分の身体に従いました。主人は、御萩とは別に自分用に駅構内で洋菓子を買って来て居り、私が食後に御萩を食べる事を期待して一緒に洋菓子でテイータイムをしたかったらしく、一寸がっかりした様ですが仕方が有りません。私は普段食材を買う時は、身体に良い物と主人の好きな物の二つの観点で買い物をします。好物ばかりを食卓に並べれば偏って仕舞いますし健康を損なって行きますが、身体に良いと思う物でも本人が好ま無い物ばかりですと可哀相ですし生活して行く上で楽しみが無く成って仕舞います。買い物をする時は、主人が喜んでくれる顔が目に浮かびますし、其の様な顔を思い浮かべて買い物をするのは自分も楽しい物です。きっと、主人がパンや和菓子を買って来てくれる時も此の様な気持ちなのだろうと思います。三色御萩は冷凍庫に入れて有りますので、再び食べたく成った時に二人で並んでお茶を飲みながら戴きたいと思って居ます。

 11月9日(木)

 お土産 其の六

 私程では有りませんが、主人も偶にパンを欲する時が有ります。此の前の休日、台所で支度をして居ると、主人は夕食にパンが食べたいと言い出し一緒に買いに行こうと誘われました。主人にも行きつけのパン屋とお気に入りのパンが有ります。主人が買いに行こうとして居るパン屋は電車に乗って行か無ければ成らず、私は夕食の準備に掛かって居ましたので主人一人で行って貰いました。主人のお気に入りのパン屋は、イースト菌を使ったパンを作って居るごく一般的なパン屋ですが、柔らかさ、香り、甘味の加減が良く、丁寧に作られて居る美味しいパンを多数置いて居り、人気も高く評判が良いお店です。其の日、主人は其処でサンドイッチ、ピザパン、プリンパン、他のデニッシュパンを買って来て夕食は其れらで済ませました。主人の其処でのお気に入りの物は、チョコレートを食パンの生地に入れて焼き上げたチョコチップスパンと、同様にしてストロベリージャムを入れて焼いてある物ですが今回は売り切れて居た様です。主人は其の二種類のパンが特にお気に入りなので、私は其の近く迄出掛けた時には其のパン屋へ寄って主人の為に其れ等を買って居ましたが、主人が食べ残した物を私が全部食べて仕舞うと言う事を繰り返して居ました。私は天然酵母パンが好きなのですが、イースト菌を使った其のお店の物も美味しく感じて仕舞います。でも、其れは身体から美味しいと感じる物では無く、口当たりが心地良くケーキの様な甘味故の一時の誘惑の美味しさです。主人が食べ残した物が置かれて居るとつい私が食べて仕舞い、此の様な事を続けた結果、急性花粉症に成って仕舞った事が有りました。私は元々花粉症では無いのですが、其処のパンを数日続けて食べた所目が痒く、嚔が頻繁に出る様に成りました。お店の方に聞いた所、其処で作られて居るパンには全て乳製品が入って居るとの事です。食パンと言えどもバター若しくは牛乳が入って居るのだろうとは思って居ましたが、矢張り市販のパンやお菓子には殆ど全て乳製品が使われて居ると覚悟して置いた方が良いと思い、其れからは主人の食べ残した物を食べたく成るのをぐっと堪えました。ですが、主人は何時も残します。全部食べられ無いからでは無く、私も其のパンに惹かれて居り主人が残すの狙って居る事を知って居ますので、必ず何時も私に少量くれます。私は、「要らない。」と知らない振りをしますが、時には誘惑に負けて貰う事も有ります。

 11月8日(水)

 お土産 其の五

 最近、私の嗜好が変化してパンを食べたく無く成りました。有り難い事に少し食が細く成り、天然酵母パンは特にどっしりとして満腹に成りますので、パンが頭を過ぎっても食指が動か無く成りました。主人は此の週末も一人で実家へ行きましたが出かける前に私は、「今、パンは欲しく無いから買って来無くていいよ。」と何度も念を押しました。主人は信じられ無い様で、「美味しいでぇ。食べた方がええでぇ。」と誘惑しますが、無理をして居た訳では無く、本当に食べたく無かったので其の事を伝えました。此の様に、私の気持ちがはっきりとして居れば主人は買って来る事は有りません。今迄は、頼ま無くてもパンのお土産が有るかも知れ無い・・・と密かに期待して居ましたが、今回は買って来てくれたとしても食べ切る自信が有りませんでした。パンを始め、お団子等の甘い物を主人が買って来るのは私が其れ等を心の何処かで美味しいと思って居るからで、甘過ぎると思う物でも私の心の奥では、「偶にはいいわ。」と受け入れる気持ちが有り、困るなぁと思う反面、「こんな時にしか食べられ無いからラッキー!」と感じて居たのも事実です。其の様な私の心を主人は読んで居り、大福餅とみたらし団子のお土産が連日続いた時に、「どうして買って来るの。」と聞いた所、「だって美味しそうな顔をして食べるから。」と言われました。主人は純粋に唯私の喜ぶ顔が見たいから買って来るのだと言います。口では、「こんなに甘過ぎるのは美味しく無いよ。」と言いながらも、受け取ると直ぐに全部食べて仕舞い、「美味しかった。有り難う。」と言って居る様では、主人に買って来るなと言う方が矛盾して居ます。其程に誘惑は強烈で、一度味を覚えるとはまって仕舞う危険性が有り、其処から抜けるには矢張り強い意志を持って其の場限りの美味しさに惑わされ無い様にする事と心を常に深く見つめて居る事だと思います。幸い、今は甘い物や好物の天然酵母パンも欲しく無い状態ですが、再び食べたく成る日が来ると思います。甘い物を再び欲する様に成るのは少し困りますが、今は身体からの指示に従って正食をキチンと実践出来る有意義な期間で有り、甘い誘惑が再び訪れたとしても導かれ無いで居たいと思います。

 11月7日(火)

 お土産 其の四

 主人の実家の近くに小さな自然食のレストランが有ります。店内は小綺麗で何時も賑わって居り、お客様の中には外国人のグループも見掛けます。添加物が入って居ない本物の食材や調味料を使用した上品なお料理を提供して居り、お肉料理も有りますが菜食者用の献立も充実して居ますし玄米御飯も食べられますので、私も以前は時々其処でお食事を戴いて居ました。お店の片隅には自然食品も販売されて居り、中でも人気は其のお店のオーナーの方の手作りの天然酵母パンです。玄米、山芋、果物や他の野菜から培養した自家製の天然酵母菌で作られた多種のパンは、どれも小麦粉の味が濃厚でもっちりとして居り噛めば噛む程に旨味を感じ、最近はレストランでの食事よりも専らパンを購入するのが楽しみと成って居ます。卵、バター、牛乳の使用の有無が明記されて居ますので安心して購入出来ますし、砂糖の甘さも殆ど感じませんので私のお気に入りのパンの中でも上位に位置付けられて居ます。其処のパンは乳製品不使用の物で有ればどれも好きですが、お徳用と言って前日の売れ残りを数個纏めて安価で売られて居る物を購入する時も有りますし、私自身が特に気に入って居る物だけを少量購入する場合も有ります。数個纏めて購入して仕舞えば、私はきっと毎日食べて仕舞う事に成りますので、出来るだけ特に気に入って居る物を二個だけ購入するに止めて置く様にして居ます。私が其処のパンを好きだと言う事は主人も知って居ますし何を頻繁に買うのかも見て居ますので、時に主人は一人で実家へ行った時も足を運んで其処のパンを買って来てくれます。実家の近くとは言っても、車が無ければ行かれ無い程に少し不便な場所に在りますし、私自身も本当はパンは余り食べ無い方が良いのだろうと思って居ますので、「買って来て頂戴。」と頼ま無いのですが、主人は自分が食べ無いにも拘わらず屡々足を運んで買って来てくれます。時には、閉店の時間を過ぎて店内の電気が消えて居たけれども、お店の方に頼んで販売して貰ったと言う話しを帰宅して聞く事も有り、其の様な厚意を大変嬉しく思いますし、心の籠もった物を戴くのは此の上無い喜びを感じます。

 11月6日(月)

 お土産 其の三

 食品を見ただけで大体の味、食感、胃腸への負担具合、力が出るか出無いかが分かりますので、主人が買って来てくれたみたらし団子は如何にも工場で作られ空気みたいな食感で食べ応えが無く、エネルギーを与えてくれる物では無さそうだと言う事が見て分かりましたし、非常に甘い物だろうとも思いました。そして、多分此を一口食べて仕舞うと拍車が掛かり二本、三本と続けて食べて仕舞う事だろうと想像出来ましたので、お土産を買って来てくれると言う行為は大変嬉しいのですが、「こういう甘過ぎるのは一寸・・・。」と困って仕舞います。主人は、「僕の買って来る物は毒に成らへん。一寸だけ食べるんやったら大丈夫。」と言います。確かに主人の言う通りです。多量に食べ無ければ大して不調に成りませんし、成っても直ぐに回復しますが、私は其れがなかなか出来ません。家に存在して居無ければ食べ無いで居る事は出来ますが、一度誘惑の甘い物を口に入れると一口で終わりと言う事が出来ません。主人は、「一寸ずつ食べや。いっぺんに全部食べたらあかんで。」と言って渡してくれましたが、結局其のみたらし団子も全部食べて仕舞い、「あほ。」と言われました。自分でもアホだと思います。買って来てくれるのだったら一個だけにして欲しいとも思います。身体が不調な時は、回復出来る物を食べようとする意志が働く場合と、より不調に成る食べ物の方へ気が向いて仕舞う場合が有ります。主人の場合も、風邪でダウンして居る時程ファーストフードのハンバーガーを欲し、本人も、「こんな状態の時は無性に食べたく成る。」と言って居ます。肉体が不調な時だけでは無く、精神的に不安定な時も同様です。苛々して居る時は心を落ち着かせようとする意志が働き其の様に行動すれば良いのですが、取り敢えず其の苛々を目の前に有る甘い物で解消したいと言う欲望が起こります。詰まり、其の時の肉体や精神のレベルが落ちると其れに同調するかの様にレベルの低い食品を選んで仕舞いがちに成り、本来の道からどんどん外れて行きがちです。早い段階で修正する程楽なのですが、気付いて居ながらも欲に負ける場合が有ります。しかし、更新が続いて居るビームライト基本プログラムの御陰でしょうか・・・。最近はお饅頭を見かけても身体が拒否反応を起こす様に成りました。非常に有り難い事です。もし、此の身体の反応を無視して誘惑の物に手を伸ばすと、又、以前の様な悪循環を繰り返す事だろうと思いますので、そう成ら無い様に身体の奥からの真の呼び掛けの方を見つめる様にしたいと思って居ます。

 11月5日(日)

 お土産 其の二

 翌日は結局パンのお土産は有りませんでしたが、其の後大福餅を買って来てくれました。其れは駅の構内で販売されて居る物で甘過ぎるので私自身は買わ無いのですが、買って来て貰うと矢張り嬉しく成ります。お団子や和菓子も出来れば甘過ぎ無い物の方が好みなのですが、私の為に買ってくれると言う行為が嬉しくて、「甘過ぎるから食べ無い方が良いのだけど。」と思いながらも美味しく戴きます。一口目は、「甘過ぎる!」と思うのですが、食べ続けて行く内に甘味に慣れて麻痺して来て、其の上陰性な物、誘惑の象徴で有る甘い物はどんどん手が伸びて止まら無く成ります。自家製の大福餅はどっしりとお腹に来ますので満腹感が有り多量に食べられませんが、市販の物は生地が軽い上に甘味も強いのでどんどんお腹へ入って仕舞います。始めは甘いのを通り越して苦みを感じ強烈な味に思えるのですが、軽い生地だから更に手が伸びて二個目、三個目と食べ続ける内に強烈な味にも慣れて来て甘味が心地良く思えて来ます。此の様にどんどん食べる姿を横で主人が見て居る物ですから、私が此等の物を好物なのだと思い込み再び甘い物を買って来てくれると言う事を繰り返して居ます。実際、好物なのか好物では無いのか良く分かりません。甘い物は好きですが、欲する甘さ加減は其の時の体調や精神状態に大きく左右されます。主食と副食のバランスが取れて居る時、良く噛めて居る時等正食を完璧に出来て居る時は甘い物を欲しませんが、副食が多く成る、噛ま無く成る、揚げ物等が多く成る、外食をする等食事のバランスが崩れたり、行き詰まったり心に隙が有りますと甘い物が欲しく成ります。唯、市販の甘味の物は砂糖以外の味も感じますし、食べた後でどっと心身共に重く成ります。其れは食べて居る時はハイだけれども後で急激にトーンダウンし、身体がずっしりと重く成り頭がボーっとして眠たく成ります。此の様な結果が分かりますし、しかし目の前に有れば食べて仕舞うと言う自分の弱さも分かって居ますので、「もう、買って来無いで。」と言いますが、主人は其の翌日はみたらし団子を買って来てくれました。「え〜、また。」と思いましたが、矢張り嬉しくて其れも又其の日の内に全部食べて仕舞いました。

 
 
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最終更新日: 2006/12/29 金曜日