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 武道は先ず礼節と基本を身に付ける事で有る。基本の出来ていない形や組み手等は人生の無駄時間で、極端な我流に成って仕舞います。基本稽古に時間を掛け過ぎると言う事は決して無く遣れば遣る程、技術も心も上達します。道と付くものは生涯に於いて基本の研究を怠っては成ら無い。そして、深意に気付き真意を追究しなければ成ら無い。
 正しい基本を正しく稽古すると身体の歪みが修正されて来ます。此は中心軸が正され、身体の均整が整う為です。腰痛、頭痛、肩凝り、肩周囲炎(鞭打ち症)、側湾症、虚弱体質、慢性病等・・・・・・。此等を見ても武道と言うものは基本が大事!武道空手とスポーツ空手の違いは基本に有ります。スポーツ空手は常に身体に負担が掛かり(技因りも力を重視するから)身体がドンドン壊れて行き、若い時しか練習が出来ない。若い時に燃焼して終えるのは基本が無いからだ。武道を習って30年経って再度入会して稽古に参加しても基本がしっかりして居るから昔から稽古を続けて居る様な錯覚をする。

 全ては基本に有る。
 正しい基本を徹底的に身に付けると身体の歪みが取れて来て姿勢が良く成ります。中心軸を正し、中心力を増し瞬発力を発揮する聖士會館武道空手は、基本稽古から始まり全てに於いて左右対称の稽古で有る。
 組み手や拳足や筋肉を鍛える稽古は身体に衝撃を受けるので身体がズレるが、バランスコントロール運動、胎児運動、犬歩きや基本稽古は身体を整える。更に、呼吸法や礼儀作法、正しい心も身体を整えます。又、身体を歪ませる食物を極力摂らない事が大事です。
 相手に衝撃を与える場合、理想で有る直力の基本は100%相手に伝達する事で有る。直力に成らずに自分に返って来れば其れだけ身体は歪む事に成る。
 打撃を重視する組み手では基本と工夫と言う技術が大切で有る。何処を叩けば、蹴れば、どの角度で叩けば、蹴れば、どの瞬間に叩けば、蹴れば、更に相手を誘い、欺き、崩すのか?は研究をして実践を積んで初めて分かるもの。無駄な攻撃は直力には成らずに自分に返って来る。
 立ち方(姿勢)、運足、そして同側同調理論。例えば右組み手立ちで右の直突きを出すのに、前足(右足)は対象物の打撃点に真っ直ぐに向いて居ないと、腰が入らず肘が空き手首が定まらずぶれて仕舞い直力とは成ら無いから自分に力が返って来るので相手への衝撃は極端に落ちる事に成る。基本が出来て居れば前足の向きや肘が空く事も無く腰が入り直力と成るから相手に力は100%伝達される。試割を行う場合、対象物は止まって居るが人間と違い固い物を割る場合が多い。聖士會館では試割用の物は使用せずに建材用の物を使用するので試割用の何倍も固く割れ難い。基本と割る為の物理学が必要で有る。
 基本を研究すればする程、技と身体は完成されて行く。勿論完全なる完成と言うのは無いだろうが限りなく近付くには心の完成が必要で有る。何故ならば心の目覚めは自分を理解し操り、更に相手の心の動きを読み操る事が出来る様に成る。心と技と身体が完成されて行けば無限の力を発揮する事が出来る様な気がする。

 聖士會館の空手には基本技が、手技が32技、足技が24技有る。稽古は基本第一主義で有る。其の単調な基本稽古の中に強く成る極意が有る。基本稽古は何万回、何十万回と遣って行く内に、立ち方、構え方、間合いの取り方、時の見計らい、受け方、捌き方、崩し方、突き方、蹴り方、力の強弱、感覚、体術、想念術、呼吸法、心構え等を修得して行く。単調な稽古で有る。毎日同じ事を遣るのだから。

 基本を行うのに、土台で有る立ち方をしっかり身に付けるのだが、自然立ちは「中庸」、内八字立ちは「陽」、騎馬立ちは「陽」、前屈立ちは「陽」、八字立ちは「陰」、四股立ちは「陰」、後屈立ちは「陰」、猫足立ちは「中庸」、組み手立ちは「中庸」で有る。又、攻撃技は「陽」、受け技は「陰」で有る。此の様に空手の技は「陰」と「中庸」と「陽」の組み合わせで生体エネルギーはメビウスを描き宇宙と調和している。理に適った動きをしている訳です。
 基本稽古は八字立ち、騎馬立ち、前屈立ち、自然立ちを主としている。何れも足の指を広げ、中心軸を正し、腰を落として臍下丹田に気を充満させて行う。
 八字立ちや騎馬立ちは御尻を後方に出し過ぎたり、腿を窄める事に気を使うと、丹田に気が入らず、股下に気を放出して仕舞い、後方から一寸押すと前に倒れて仕舞う。前屈立ちは上半身が前屈姿勢を取っていると力が相手に少しの力しか伝わら無いし、上半身を直立させて居無ければ丹田には気が充満しない。自然立ちでは、少し膝を曲げて丹田に気を充満させないと動作が2挙動に成って仕舞い、とっさの動きが出来無いし、攻撃力が極端に減少して仕舞う。足の開きは肩幅2倍を越えると不安定に成ります。立ち方で大切な事は、足の指を開く様に立つ事です。
 正拳直突きは正中線上を突か無い事。左右の拳を重ね合わせた面が正中線に成る様な位置か、其の位置に指1本分空けた位置を突くと、中心軸も中心力も失わ無い。
 気合いと言うのは、丹田に充満させた力を爆発させる様に行うと力が加速する。

 基本稽古は、多くの技が組み込んで有る基本の延長で有る移動基本、更に、転身技で有る形稽古へと続く。技術的に基本の応用を絶えず研究する。

 前屈立ちや猫足立ちの約束組み手行うのに、防具を付けて2人組で行うと意外に相手に突きや蹴りが芯に当たら無い。此は中心軸が狂って居る為です。基本は全ての基の本で有るから、こう言う基本的な事がしっかり身に付くと、組み手立ちで行う自由組み手では突きや蹴りの、時の見計らい、正確性、破壊力、速度が格段に向上する。

 空手を稽古するには、平行して身体の鍛錬も大切です。基本と成る心身の調整は、日常の規則正しい食生活が土台に成ります。

 基本技は、立ち技を基盤に攻撃技、防御技から成り立っています。静止した技を反復して稽古して、中心軸が定まったら直線の動きを稽古して、次に円の動きを稽古します。そして、単純な攻撃技、防御技から複数の技を組み合わせた技に変化し、更に立ち方も複数の立ち方に変化させた連続技へと活用して行きます。

 基本は、空手そのもので有り、全ての技術は基本の中に有ります。神技と言われる技も基本を習得した上での基本の変形で有り応用で有る。基本を徹底修練する事が無限の技に繋がります。

 初心者は正しい基本を正確に身に付ける事が大切で、技量を超えた高等技に執着するのは上達への妨げに成るだけで「生兵法」に終わります。

 上達への骨は、心の通った稽古をする事です。其れは、心と理論と技を平行して身に付けて行く事で有り、甘えを捨て、「一生懸命稽古をする」と言う心構えと「反復する」事が大切で有る。自分の力に驕る事無く常に自分を磨く姿勢が究めます。

 武道は、礼に始まって礼に終わるのですが、其の中の技は基本に始まって基本に終わるのです。基本に始まり、変化技、応用技を鍛錬して、又、基本に戻り、更に繰り返し鍛錬して技術の向上を図ると心も技も極まって行きます。「空手に極意無し」は其れだけ奥深い武道だからで、生涯を通じての修業で有り、終わりは無い。

 

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