見え無い物は計る事が出来無い。しかし、現世は存在(実体と属性とに分れ、前者は基体・本体の様に其れ自体で独立に有るが、後者は前者に付帯して依存的に有る。又、実体には自然的・物的な物と、意識的な物更に超自然的で非感覚的な物とが有る。)を秤に掛けて物を評価する。
だから、「見え無い物は認め無い」と言う人が居る。しかし、「そんな気がする」とか「そんな気がした」、「雰囲気で感じる」、「殺気を感じる」、「色気を感じる」と言う言葉は良く耳にする。しかし、唯物論者は(精神に対する物質の根源性を主張する立場。従って物質から離れた見え無い、触る事が出来無い霊魂・精神・意識を認めず、意識は高度に組織された物質(脳髄)の所産と考え、認識は客観的実在の脳髄に因る反映で有るとする。)「気のせいだよ」と言って否定するが、此処でも又「気」と言う言葉が使われて居る。
要するに人間の思いの根底に始めから備わって居るので有る。確かに、脳の中の意識の存在でさえ測定する事が出来無い。見え無いからだ。人間の中枢で有る脳の中身を測定する事が出来無いと言う事で有る。脳の実容量は計る事は出来るが、精神や意識は計る事が出来無い。どれだけの容量が有るのか解ら無い。要するに見え無い物は計り知れ無い大きさ(無限)なので有る。
触って感じる事が出来無い宇宙と言う物の存在は計る事が出来無い。空気は触れて居るのだが触れて居ると言う感覚は無い。唯、風に当たると間接的に存在を知る事は出来る。水は触れる事は出来るが掴む事が出来無い。土は触れる事も掴む事も出来るが直接空気や水の様に身体に取り込ま無い。空気が無ければ呼吸が出来無いし、空気や水や太陽の光が無ければ生命維持が出来無い。
しかし、土が無ければ物も者も育た無い。要するに単体では多くの力を発揮しないが、全体として機能すると絶対的な力に成る。単体で有る水素爆弾を破裂させる因りも、地球の身震いで有る地震の方が力は比べ物になら無い程大きい。地面が震えると、海も、空気も揺れる。地球全体で揺れる訳で有る。地球の調子は大気、地気に因って知る事が出来る。
宇宙を4面で現すと左右に分け左側は陰性、右側は陽性。陰側を天地で分けると天は、光、地は水。陽側を天地で分けると天は空気、地は土。4面全てが調和して宇宙と成る。
要するに私達は全体に機能して居る宇宙の中に有る一つの部分で有るが、宇宙と調和し一体に成る為には部分の形はして居るが全体に機能して居なければなら無い。何が調和するのか?此は宇宙と交わる物が何かと言う事で有るが、実際に常に外界と調和して居るのは空気で有る。空気は大気で有り、地球の気で有り、地球は宇宙の位置部分で有るから、大気は宇宙の気でも有る。
そう考えると見える部分は見える物の通りの大きさで有るが、見え無い物で有る「気」は無限の大きさを持って居る訳で有る。地球にも地気と大気が有る様に、人体にも内気と外気が有る。内気は見える部分の大きさの気で有るし、外気は人体から外に在る気で有る。要するに見える物よりも見え無い物の方が大きい訳で有る。
